●怖い噺 六


□マネキンの首
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私の父がレストランバーを経営している話で今現在経営している店舗は1店舗だけだが少し前までは2店舗の経営を行っていた

その2つ目のお店の話

その店舗は元々、父の友人とその母親が二人で経営をしていたお店だった。しかしその母親が亡くなってしまい人手が足りずに立ち行かなくなったので友人が父にお店を貸すという形で経営を引き受ける事になった店だった

引き受けると言ってもまるまる同じ形で経営を再開する訳ではない。経営者が父に代わり開店時間やメニューの内容お店の雰囲気もがらっと変える事になったので開店準備のために約1ヶ月掃除や冷蔵庫の搬入などの期間があった

その準備の初日。私は両親に無理矢理店舗準備に駆り出されて嫌々ながら付いていった。
駐車場で車から降りた時はなんとも無かったのだが裏口に回った途端、くらっとくるような頭痛に襲われた

これまでそんな風に体調が悪くなった事がなかったので驚きと痛みでしゃがみ込むと目の前にそれなりに大きな柿の木とその根元に置かれているマネキンの首が飛び込んで来た

「ぎゃっ」

と思わず悲鳴を上げると裏口の鍵を開けていた父がこちらを振り返り「大丈夫かー?」と暢気に聞いてきた

「あれ何?めっちゃ怖いねんけど…」怖くて指を差せず、目線でマネキンを示すと父は納得したように頷き「よく知らんねん。ずーっとあるみたい。」と言いさっさと中に入っていってしまった

私も、その場から逃げるようにして中に飛び込みドアを閉める
振り返った時マネキンと視線がばっちり合ってしまいもう一度「うわぁ…っ」と情け無い声を出してしまった

裏口を入るとすぐ厨房になっている。客席と平行するように真っ直ぐ伸びた厨房は、今入ってきた扉を中心にT字に広がった変わった構造をしていた

ドアを閉めたというのにまだ向こう側からマネキンに見られている気がする。あれだけ怖い物なのに霊感が強い父が気づいて無いはずが無い

慌てて父の傍に行き必死でアレはヤバイと言い募ると父はコップを磨きながら「分かってる分かってる、今度知り合いの業者に一緒に持っていってもらうから」とのんびり答えた。それまでは気にするなと言いたいらしい

というか、捨てるのかよ…とか、お祓いしなくて大丈夫か?とか色々思ったのだがその時は言わなかった

それから一週間ほど、何事も無く開店準備は進み私は相変わらず出入り口に鎮座するマネキンの首にビビる日々が続いた

ある日お店に行くといつも首の部分を根が生えてるんじゃね?というぐらいがっちり下に向けていたマネキンの首が横向けに転がっているのを発見した

その時はすでにオープンスタッフとして新しいアルバイトの人も手伝いに来ていたので多分誰かが蹴飛ばしたのだろう怖い物知らずだなぁ…と思っただけだった

その後30分ぐらい全員で床掃除をしていてふと私が裏口から外に出た時30分前まで転がっていたはずの首がまた同じ場所でいつもと同じようにいつもと同じ角度でこちらを見ているのに気づき、さぁっと体中に鳥肌が立った

この30分の間、裏口から出入りしたのは私一人だけだった。人数が少なかったので間違いない

近所の人が首を起こしたのか?とも考えたが夜中の11時にわざわざ店の裏側(しかも裏にはそれなりに大きな用水路がある)に来るご近所さんが居るとは思えない。何より、ただ起こすだけならあの角度にする必要は無い

ドアを開けたポーズで完全に固まっていた私は慌てて凄い勢いでドアを閉める。背中にはシャツがべたべたになるほどの冷や汗をかいていた

マネキンの首が…勝手に起き上がった…?

半泣きになって動けないでいるとドアを閉める爆音に驚いた父がこちらに近寄ってくる「どうしたんや、そんな勢いでドア閉めたら壊れるやろー?」こっちは死ぬほど驚いているのに、なんとも暢気な物である

マネキンの首の事を恐怖にどもりながら伝えると父は少し真面目な顔をして「今日はもう帰ろうか。」と言って皆に片付けの指示を始めた

その後、裏口ではなく表にある店側の出入り口から店を出た

次の日の夕方、植木屋が伐採した枝葉と共にマネキンの首を引き取ってくれる事になった

植木屋が父の顔見知りだったらしく一緒に焼却処分してくれるという事だった

後日、お店が開店をしてオープン後のばたばたが過ぎた頃にマネキンを引き取ってくれた植木屋さんがご飯を食べに来てくれた。その時にふと例のマネキンの事が話題に上った

「そういえばあのマネキンの首、うちの大将(植木屋の社長)が見て驚いてたで。」

「え、何がですか?」

「俺はそういうの信じてへんねんけどな、大将は霊感っちゅーのがあるらしくって、マネキンの首見て『えらいもん引き取ってきたな!』てびっくりしてたわ。アレ相当危ないもんやったみたいやで」

「それで…?」

「うん、まぁ近いうちに焼くかぁと思って焼却炉の上に転がしておいたんやけどな、次の日その前通ったらマネキンの首が起き上がっててん!びっくりしたわー。夜中に作業場の辺りは近所の奴は入れへんしスタッフの誰かが触ったんか思て聞いて回っても誰も触ってないって言うし…社長が早く焼いて来いって言うから、その日のうちに焼いたわ。」

焼く前にマネキンの首に日本酒をかけたらしい。気休めのお清めだそうだ

秋になり、マネキンが居座っていた柿の木に実が成った

試しに食べてみるとめちゃめちゃ美味かった

「この柿使って秋限定パフェ作ろうかな。タダやし。」

「…やめといた方がいいと思うけど…」

結局、秋限定パフェは出なかった

−終わり−

限定パフェ食べたいなぁ

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