●怖い噺 壱


□餌はあげちゃダメ
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『すずめに餌あげちゃだめですよ』

そう年下の先輩に言われたのは以前の職場で働き始めて2ヶ月経った頃でした。

当時デイケアで働き始めたばかりの私に指導係として付けられたチカちゃん

チカちゃんは年上の後輩と言う扱いにくいだろう私に親切に仕事を教えてくれる優しい女の子でした

彼女と私は動物好きと言う共通点から仲良くなり傍から見てもいい関係を築けていたと思う。いつもニコニコしている彼女が厳しい顔で言ったのが冒頭の一言です

今頃の時期になるとすずめが巣立ったばかりの子供を連れて餌を探しているんです

田んぼの真ん中にあるような田舎の職場なので、すずめの親子たちを頻繁に見かけました

可愛いな〜と忙しい仕事の合間にちょっと外を覗いては癒しを貰ってたんです
チカちゃんも同じだった様で「可愛いですよね〜」と緩んだ笑顔で癒されてました

「でもね、餌はあげちゃダメですよ?」

今まで笑ってたチカちゃんのいつにない真剣な表情にちょっとビックリした私
でもすぐに糞とかで汚されたりとかあったのかな?と思いました。しかし次の一言で思いっきり首を傾げてしまったんです

チ「取られちゃうから」

(え・・・取られるって何?)

私「・・・や、焼き鳥とか?」

チ「いやいや…そうじゃなくて」

最初餌あげたりしたら集まってきたすずめを誰かが『焼き鳥』用に捕まえるかと思った私
思いっきり笑われました
その理由は、以前働いていたチカちゃんの先輩が切っ掛けだったそうです

チカちゃんの先輩は私やチカちゃん同様かなりの動物好きだったらしいのです

その先輩がダイエットをはじめ少しお弁当のご飯を残し始めた。勿体無いから水で解してすずめに与え始めたのが切っ掛けだと言う

最初は余り近寄ってこなかったすずめ達も徐々に餌が置いてある状況に慣れてきたようで徐々に餌を求めてやってくるすずめも増えていったそうです

だんだん利用者達もそのすずめが可愛くなってきたようで時間があれば眺めるお年よりも

責任者も犬や猫とは違って特別手がかかる訳でもないので咎められる事はなかった

だが餌をやり始めて一年ほど経った頃先輩はあるものを見つけた

苑外行事で利用者や職員が出払った折残った職員で普段手がまわらない場所を掃除する事になった。先輩は施設の裏にある一面砂利が敷いてある職員用の駐車場の清掃に。砂利の間から伸びた草を抜き捨てられた吸殻を見つけてブツブツ文句を言っていた時にそれを見つけた

一見枯れ草のように見えたそれは手に取ってみると干からびた鳥の死骸だった。それが成鳥だったのか雛だったのかは分からない。恐らくすずめの死骸だっただろうと思い先輩は駐車場のすぐ横にある花壇の側に埋めてあげたそうです

私「その辺の気持ち凄い良くわかるー」

チ「動物好きはそうしますよね」

私「でも何で死んでたんだろうね?すずめが集まってるから猫が来たとか?」

チ「私達も最初はそう考えたんですよ。でもねおかしいんですよ」

その清掃の数日後、今度は別職員がその死骸を見つけたと言う。同じように干からびた状態で二羽分の死骸を

チ「それでねよくよく考えたら二、三日前に掃除したばかりだから猫に取られたとしても死んでからそんなに経ってない訳じゃないですか?そんなに早く死骸って干からびないでしょ?」

私「そうだねー、しかも今と同じ梅雨時期だったんでしょ?」

チ「そうなんですよ!真夏ってんならまだ分かりますけどねジメジメした時期に・・・」

それでも一番可能性があるのは別の動物から襲われた以外に考えられず、すずめへの餌やりは止める事になった

すずめを罠にかけてたも同然だと先輩は一時相当落ち込んだらしい
(この辺も動物好きにはたまらなく分かる気持ちでした)

そんな理由があるなら仕方ないと思ったのですがそれだけではなかった

すずめへの餌やりを止めてひと月が過ぎたぐらいから先輩にはある不思議な現象が起こり始めた

仕事をしている最中にふと視界の端に何か黒いものが映ると言う現象が。何かが過ぎったのかとその黒い影を追ってみても何もない

この時チカちゃんも仕事中によく振り返ったり首を傾げたりしてる先輩を見ていたそうです

でもそれ以外には特別何も起こっておらず他の職員も利用者も施設自体にも何もなかった

先輩も特には気にする事もなくそのうち慣れてしまった様子だったとか

職場では営業を終えた後シャッターを閉めるんです
先輩以外が初めて異常を感じたのはこのシャッターを閉めている時に起った

ガラス窓には全てシャッターがついていて数名でシャッターを下ろす作業をしていた時に
先輩がシャッターを下ろした途端

バンバンバンバンバン!!
バンバンバンバンバン!!

明らかに人が外から叩いている音が施設内に響いたそうです
すぐにその場にいた男性職員が悪戯だと思い窓から叩かれているシャッターをのぞき見た
瞬間音が止み窓から身を乗り出していた職員も目を見開いて中にいる全員を見た

「誰もいない」

今の今まで音がなっていたシャッター
誰かが悪戯していたのなら逃げていく姿ぐらい見れるはず
みんなその事を分かっていたしありえないと思っていたが誰も言葉に出来なかった

しんっと静まり返ってなんとも言えない空気が漂った

この日休みだったチカちゃんは翌日話を聞いて震え上がったそうです

チ「凄い怖かったですよ!今まで普通に働いてた場所でそんな異常なことが起こるなんて思わないじゃないですか」

(そりゃそうだ、そして今私がその気持ちです)

その日シャッター閉めるのが怖かったの今でも覚えてます

ウチのデイケアは病院が運営してるんです

なのでデイ施設は病院の隣にあるんです
まあそんな関係から病院じゃ色々あるのは想像つくし利用者の中で亡くなった方だっている訳で

みんなビビリまくったけれど取り立てて何かをする事もなかった様です

その後も事務所にある神棚の榊が倒れてきたり、誰もいないデイルーム内で物音がしたり、片付けてあったリハビリ用の道具が勝手に落ちたりと色々

チカちゃんもその当時ちょっとした体験をしてるそうです

しかし自体が大きく急変したのはやっぱりその先輩の前でした

変な事が起こり始めて2ヶ月弱経っていたのでもう夏の暑さが酷くなっていた頃

営業終了後デイルーム内の清掃や翌日の準備をしていた職員達。その間はやはり暑いので全てを終えて帰る寸前までクーラーは入れていた。なので全部の窓は閉められており室内は過ごしやすい温度が保たれている

そのはずなのに何故か湿った空気を感じた先輩

原因はなんなのかどこか窓が開いてるのかと粗方終えた清掃の手を止めあたりを見回す
また黒い影が視界を横切った
ぱっと目をやった窓に初めて黒い影を捉えることができた
事務所側の窓その先はあのすずめの死骸を見つけた職員用の駐車場がある

黒い影は窓の下のほうから少しだけ見えていた
目を凝らし徐々に近づいた先輩はそれがなんであるかに気づいた

それは、こちらを覗く人の顔だった。

鼻を窓枠に押し付けるようにして覗く顔は目から上しか見えない
雨も降っていない真夏日なのに長い髪は濡れたように顔に張り付いている
表情のない目は異様でおぞましく先輩は全身が総毛立つと同時にある確信を持った

あのすずめの死骸きっとこいつが食ったんだ!

何故かその時先輩はそう思ったそうです

絶対にこいつだこいつがすずめを食っていたんだ!と

その顔はぬるぬるとした肌で緑がかった黄土色をしていた

恐怖で大声を上げて泣き出した先輩に驚き他の職員も慌てて駆けつけた

その日は全員がパニック状態で収拾が付かなかったそうです
チカちゃんもその場にいたそうですが顔なんて見てないなかった

先輩はその後、今まで自分の身に起こっていた事を責任者に話した

黙って聞いていた責任者には心当たりがあった様ですぐどこかに電話を入れた
ややあって呼び出された数名が一室に籠もりなにやら相談していたそうですが内容は今でも不明との事

最終的に分かった事は今デイが建っている場所は以前は民家でその土地を購入しデイを建てたのだが、その家には井戸があったそうなんです

私自身この話を聞くまで知らなかったんですが井戸を潰す時ってお払いとかお清めが必要らしいですね

その神事をどうやらやらなかった様です

デイ完成直後も実は色々あり慌てて地元の神主に助けを求めた

一応応急手当のような事はしてくれたらしくその後きちんとお祀りしていたので何事もなかった

ここからはその神主さんの見解ですが恐らくすずめをお供え物と勘違いしたあの顔が急にお供え物を止めてしまった先輩に抗議しにきたんじゃないかと

しかも先輩が見たその風貌からしてもうあれは水神や龍神ではなく魔物となってしまったのだろう

抑えることが出来ても完全にその存在を消してしまう事は難しい
上手く共存するしかないと責任者に言われたそうです

二年くらいで寿退社してしまったのですが、私は二年間何も経験しませんでした

今は大人しくしているのだと思います

あとすずめの死骸があった場所が井戸があった側だったようです

−終わり−

今までの話を読む限り 人に堕とされた神様は鬼や悪魔になるみたいですね

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