●怖い噺 壱


□トラウマ
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夏休み三人の友達と海釣りに行った

海までは自転車で小一時間で早朝に釣ろうという計画から夜中の3時起きで出掛ける事にしたのだが一人が寝坊してしまった

そのため目的地の埠頭に着いた時には案の定好ポイントは先客に取られてしまっていた

それで仕方が無いのでこれを機に釣り場を新規開拓しようという話になり堤防沿いに少し走って遊泳禁止区域の砂浜で釣る事にした

結果から言うとこの選択は失敗で四人もいながら魚は1尾しか釣れなかった

その上この魚が奇妙で形は体長20cmほどのカワハギなのだが、赤錆色の魚体に暗緑色の斑模様という見たことの無い体色だった
通常カワハギの体色は白灰色地に黒っぽい褐色斑でありこんな色合いのものは見たことが無かった

夏の盛りのことなので8時位には既に日差しが熱く感じられ始め仕方なく諦めて荷物をまとめ始めた矢先、海岸でゴミ拾いをしていた地元のおじさんが声をかけてきた

やはりそこは釣りに向かない場所だったらしくおじさんには
「釣れんだろう?」
と同情的な微笑を向けられた
それで自分達は少々恥じ入りながら
「3時間ほど粘って1匹だけです」
と例のカワハギを見せると、途端におじさんは顔を曇らせ
「あんたらキタマクラ釣ったんか」
と難儀そうに言った

キタマクラという魚はフグの仲間に実在するのだが全国名と同じローカル名をつけられている別種の魚もいるので、この辺じゃコレをキタマクラと呼ぶのかと考えながら

「毒でもあるんですか?」
と尋ねると
「毒は無いけど、食べるモンじゃない」
と奥歯に物が挟まったような回答
そしてそれに続き
「悪いけど、ちょっと漁協まで来てくれ」
と言われた

漁協では防災放送で組合漁師が招集され集まってきた漁師さん達は皆一様にクーラーボックスの中の赤いカワハギを見て顔をしかめていた

この赤いカワハギは養殖魚か何かで漁業権侵犯で怒られるんじゃないかと戦々恐々していた自分達

そこに漁協職員らしきお爺さんが
「あんたらこの辺の子じゃないね。この後海水浴していくつもりか?」
と訊いてきたので
「釣りに来ただけでもう帰るところでした」
と答えると
「それならいい。なるべく早く帰りなさい」
との返事
結局それを訊かれただけで自分達はあっさり解放された

ただしカワハギは召し上げられてしまった

何が何だか判らないまま帰り支度をしいると先のおじさんが来て全員に缶ジュースを手渡しこの度の件の説明をしてくれた

あのキタマクラと呼ばれる赤いカワハギは地元では水死体を食べる魚として忌まれているのだとか

体色からの連想なのだろうが魚が水中の死骸を食べるのは普通だし、浮遊物に集まる習性から水死体にも集まるシイラや太刀魚も「シビトクライ」と呼んで忌み嫌う地方があると聞く

ただこの地のキタマクラの場合は滅多に水揚げされないものの揚がると必ず数日中に同じ数の水死者が出るのだという

それで漁師さん達はこれから揃って御祓いを受けに行くとの事

近くの海水浴場も、遊泳域を浅瀬側に狭めて対処するらしかった

「海に近づかなければ大丈夫だろうから、引き込まれない内に帰った方がいい」

お終いにそう言われ釣果の代わりなのか口止め料のつもりなのか、自分達は各々干物の入ったビニール袋を持たされて家路に着いた

翌々日新聞に遊泳禁止区域でサーファーが溺死した旨が報じられていたが、小さな記事でそれ以上の詳細は判らなかった

自業自得の事故と言われればその通りだと思う一方、やはり自分達があれを釣ったせいではという思いが頭から離れず、それ以来四人全員釣りをしなくなった

−終わり−

夏休みいかがお過ごしですか?
この季節釣りをする人は多いと思いますので気をつけてくださいね

僕…生きている魚触れないんだよね

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