永遠の物語
□僕が大事だと言う君の、大事は一体幾つあるのか
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必要の部屋の側にある女神像。
天を仰ぐように広げられた両腕は雄々しき翼。
その両の翼に同時に触れながら石像に向かって歩けば、一瞬奪われる視界。
その後明けた視界に広がるのは、ホグワーツを象徴する四寮の寮旗がうまく調和し、壁を覆い隠す円形の塔と、その中央に位置するクリスタルの螺旋階段が光を浴びて輝きを放つ。
初めてここを見付けた時はどれ程興奮したことか、此処こそが僕が探し求めていたスリザリンの秘密の部屋だと信じていたあの時の自分を思い出して、螺旋階段を登りながら苦笑する。
あの頃の僕が今の僕を知ったら酷く失望するだろう。
僕自身不思議な気分だ。
まさか、ここまで一人の人間に心を砕くとは…。
「マリア…」
無意識に出た呟き。
ルビー、エメラルド、サファイア、トパーズの埋め込まれた水晶のアーチを越えれば、そこが僕の目的地。
僕よりもやや青み掛かった肩口で揺れる黒髪が、微風によって緩やかな舞を踊る。
そんな彼女は珍しくあの歌を歌っている訳でも、読書をしている訳でもなく、手摺りに両手をつき、そこから下を眺めているようだった。
「どうしたんだいマリア。
珍しく歌でも読書でもないんだね」
「………」
「なにを見ているんだい?」
話し掛けても返事はない。
そんな彼女に疑問を持ち、マリアの横からマリアの視線の先に目をやり、顔を顰めた。
(ハグリッド…)
そこには森番見習いとして働くようになったルビウス・ハグリッドの姿。
(何故マリアは…)
アイツを見る?
アイツを気に掛ける?
途端、苛立ちと憎悪が沸き上がる。
「リドル…」
そんな僕の感情に気付いたのかは定かではないけれど、唐突に呼ばれた僕の名。
それに僅かにだが、感情の起伏が収まる。
「…なんだい?」
「彼は哀れだね」
「哀れ?」
「グリフィンドール生がスリザリンの後継者だなんて有り得ない」
「……」
「ただの怪物好きな生徒が見付けられるような場所が、スリザリンの怪物が住む秘密の部屋な筈がない。
その程度なら、ダンブルドア教授をはじめ ホグワーツの歴代の教授達の誰かが見付けている」
「へぇ」
驚いた。
つい最近ハグリッドを秘密の部屋を開けた犯人として突き付けたが、ダンブルドア以外、誰もあの男が犯人だということに疑問を持っていないようだったが…マリアは違っていたのか。
マリアがあの男を哀れんでいるということは嫌な事実だが…。
(面白い…)
やはり君は僕を楽しませてくれるね。
「つまりマリアは僕が犯人を間違えたと思っているのかい?」
「いいえ」
「え?」
「貴方は…貴方がそうだと言う限り、それは私にとって真実だから」
「どういうこと?」
マリアの意図を理解しかねて訊ねれば、彼女は僕に視線を合わせ、ふわりと笑みを浮かべた。
悔いるような、悲しむような、嘆くような…そんな悲哀の浮かんだ儚い笑み。
それに一瞬、目を奪われる。
そして 僅かに痛んだ胸と、脳に直接響くように聞こえてきた声。
“こんな風に、笑っていて欲しかったんじゃないんだ…”
(えっ…) ズキリ、とその瞬間にだけ走った頭痛。
聞こえた声に覚えはなかった。
けれど どこか懐かしく、幻聴にしてははっきりと聞こえた悲痛な声に、まるで白昼夢でも見ているのではないかと錯覚する。
「私にとってリドルが一番だから…。
リドルとMr ハグリッド、どちらかなんて決まってる」
「っ、そう…」
マリアの声にハッとした。
意識した途端、無意識のうちに焦点の定まらなくなっていた視界が鮮明になり、マリアが再び僕からハグリッドに視線を移しているのに気付く。
マリアが僕ではなく、ハグリッドを見ているというのに、僕はホッと安堵した。
僕の異変に、彼女は気付いていないようだ。
「マリア…」
「なに?」
「僕も君が大事だよ」
けれど、やはりマリアの瞳がアイツを映す事が気に入らなくて、マリアの左手を取り 指同士を絡めて手を繋ぐ。
そして僕の本心を告げれば、彼女の瞳は再び僕を映し…、
そして
嬉しそうに、悲しそうに…
涙の滲んだ 綺麗な笑みを浮かべたんだ。
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