ごちゃまぜ小説

□姫が鬼になった瞬間(トキ)
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『姫若子』


それが弥三郎(僕)のもう一つの名前だった。

今年でようやく八つになった僕は、外で遊ぶのが大好きだった。
でも、父上は僕が外に出ることをとても嫌っている。
昔、外に行く度に熱を出してたからかな。

でも僕は、父上に止められても外に出るのをやめなかった。
監視の目は厳しかったけど、ばれずに屋敷から抜け出すことは楽しい。
最近は気付かれないうちに外に出て、気付かれないうちに屋敷へ戻るのが常になっていた。
少し物足りないけれど、部屋に軟禁されるよりはいくらかマシなので我慢する。
僕は、昨日とは違う【刺激】が欲しかっただけなんだ。



今日は少し遠くまで行ってみよう。
そう考えたのはただ単に、身の回りのお世話をしてくれる女中が【海】の話をしてくれたのを思い出したからで
特に深い意味はなかった。

「……………そういえば、【海】って何なんだろう。」

山道を行きながらふと考える。
そういえば、女中から詳しい話を聞いていなかった。
必死に数カ月前の会話を思い出し、女中の言葉を頭の中で繰り返す。

『海は、とてつもなく大きな水溜まりのようなものですよ。』

「水溜まり、かぁ。」

とてつもなくってことは、そこら辺にある水溜まりじゃ比にならないってことだ。
何度考えても【海】というものが想像出来なくて、少し嬉しくなった。
このまま歩いていればいずれ海にたどり着く。
新しい刺激に胸を高鳴らせながらも、僕は山道を走り出した。

そして、世の中はそんな簡単に出来ていないという言葉を思い出すことになった。


強い風の吹く山道に、草木の揺れる音だけが響き渡る。
僕は向かい風に足を取られながらも必死に足を動かした。

「はっ…うっ…!!」

「待てや糞餓鬼ぃぃい!!!」

「ひぃっ!?」

すぐ後ろまで山賊達が迫っている。

 恐 い

 怖 い

 コ ワ イ

体中が音を立てて震えてうまく走れない。
具合の悪いことに、今僕は酷く急な坂道を駆け降りている途中だ。
でも、転ばないように歩いている場合じゃない。

「(逃げなきゃ。早く。早く。早く。)」

 帰 ら な い と

「っ!…あ……!!」

そう思った途端に草に足をとられた。体が傾ぐ。
足に力を入れるも、時既に遅し。

「う…ぅあぁぁぁぁぁあ!!!」

僕の体は、山道を転がり落ちた。


 
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