短 編 集
□イノセント
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「おはようございます!松陽先生!!」
「やぁ晋助、おはよう。今朝は随分と早いですね」
「質問があったので早めに来たんです。でもちょっと早過ぎたかなぁ…。ご迷惑でしたか?」
「とんでもない。いつでも大歓迎ですよ。ただ…朝食がこれからなんです。恥ずかしいことに今日は少し寝坊をしてしまってね」
「先生でも寝坊するんだ…!あ…すみません」
「いえいえ、本当のことですから」
「じゃあ、ご飯が済んだら見てもらってもいいですか?」
「もちろん!それじゃあ急いで朝食を済ませてしまいましょう!あ、晋助。すまないが、銀時を起こして連れてきてもらえるかな?もうすぐ支度が出来るので」
「わかりました!」
* * *
銀時のヤツ…!先生ひとりにご飯の支度をさせて、手伝いもしないで寝てやがんのかよ!しょーのねぇヤツだな!
自分とて家で炊事の手伝いをすることなどないくせに、それを棚に上げ、晋助は説教する気満々で銀時の部屋へと向かった。
松陽は自宅の一角を塾として開放しているため、塾生ならば皆、居住部分の内部構造についても少なからず把握している。
特に晋助は今日のように授業以外の時間に質問に来ることも度々あったし、また松陽宅に居候している銀時と仲がいい(…と一概には言えないが、よく行動を共にしているのは事実である)こともあって、ここはもはや「勝手知ったる他人の家」であった。
長い廊下を抜け、縁側に沿って進むと、その奥に銀時が私室として使っている部屋がある。晋助も、もう幾度となく訪れたことがある。
廊下に面した障子は、よほど寒くない限り、いつも開けっ放しだ。
その縁に手をかけ、ひょいっと顔を突き出すようにして室内を覗き込んだ。
いつもと変わらぬ銀時の部屋。中央に敷かれた、銀時の布団。
ところが。そこに横たわって気持ち良さそうに眠っていたのは、どう見てもオトナで…。
―――え…何で?……銀時じゃ…ねェ…?
ほんの一瞬、こいつが銀時をどうにかしたのか!?という考えが浮かんだのだが…。
その考えはすぐに否定させられることとなる。
透けるような白い肌。光を弾く銀色の髪。銀時と同じ…。
このような色彩を持つ者を、晋助は銀時以外見たことがない。何もかもが、他人とは思えないほど晋助の知る「銀時」と酷似していて…。
一向に目覚める気配がないのをいいことに、そばに寄ってまじまじと眺めてみれば。
歳の頃は十七、八…といったところだろうか?
生き写し、と言っていいほど似ているが…父親にしては若過ぎる。
では兄だろうか?
ある日突然、松陽のもとで暮らし始めた銀時。
どういう経緯で松陽に引き取られることになったのか、晋助は知らない。松陽と何らかの血縁関係があるのかどうかも。
が…。
いずれにせよ、家族はもういないのだろう…と。
漠然とそう思っていた。
銀時は家族の話を一切したことがない。それが、晋助の推測を裏付けているように思えてならなかった。
だから、殊更に聞いて確かめることもしなかった。家族を失くした話など…好き好んでしたいはずがないと、そう思ったからだ。
しかし。目の前の人物が誰だかは知らないが、銀時と無関係であるとはとても思えない。ひと目見ただけでそう判じざるをえないほど、両者は似ていた。
―――先生も…客人がいるならいると、ひと言教えてくれればよかったのに…。
この人物が銀時の血縁者なのだとして(これほど似ていては、もはや「そうでない可能性」など考えられない)…寝相が悪いのは家系なのか、それとも昨夜はよほど寝苦しかったのか…蹴り飛ばされたと思しき掛布団はもはやその人物を覆ってはおらず、寝巻きの襟も大きく肌蹴られている。
そのため、しっかりした骨格とそれを覆うしなやかな筋肉が見て取れた。
しかし…見れば見るほど、本当によく似ている。
今の銀時と違うところを挙げるとすれば…背丈と、それから子ども特有の丸みがないこと、だろうか。
数年後には銀時もきっとこんなふうになるのに違いない。
丸みが取れ、すっきりとシャープになった頬。首から肩にかけてのライン。
子どもではない…さりとて完全に大人の身体というわけでもない。
既に大人のものへと近付いている骨格の確かさ。しかし、その急激な成長に筋肉の発達が追いつかないのだろう。身体を覆う筋肉はまだ薄く、そのアンバランスさがいっそ華奢さを際立たせるような…成長期特有の、肢体…。
呼吸によって微かに上下する胸…。暗色の作務衣とのコントラストのせいか、その白さがやけにまばゆく感じられ…。
なんだか、見てはいけないものを見ているような気になって、晋助はついと視線を逸らした。
何故そんなふうに感じてしまったのかはわからないのだが…。
―――綺麗な…人だ…な…。
晋助は、近隣に住む自分の少し上…つまり、この人物と同年代ぐらいの先輩諸氏の顔を思い浮かべてみた。
日に焼けたニキビ面。人によってはヒゲが生えていたりもする。
いやもう、そういう次元の問題ではない。すべてが、違い過ぎる。
すべらかな白い肌…。僅か開かれた唇は朱を刷いたような紅…。
形の良い眉は髪と同じ銀色。そして、伏せられた豊かな睫もまた。
瞳は今は閉じられているが…その瞳が開かれたなら。そこにどんな色合いが加えられるのだろう?
銀時の瞳は…これまた他では見たことのないような赤だったと思うが。この人もやはりそうなのだろうか?
その瞳が開かれ、そこに銀時と同じ、鮮やかな赤が現れるさまを思い浮かべた瞬間、晋助の肌にざわりと鳥肌が立った。
なんて…!それはなんて美しい…。
晋助が勝手に思い描いた想像図に過ぎないのに。
吸い込まれてしまいそうになって、晋助はそれを振り払うように慌ててかぶりを振った。
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