短 編 集

□利害不一致
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「…ぁ……ぁぁ……っ………」

途切れ途切れに嬌声が聞こえてくる。

まったく…晋助にも困ったものだ。

仮にも鬼兵隊のトップ。いついかなる時に襲撃を受けないとも限らないというのに、密かに抜け出してはこのような場所で色事に耽溺しているとは…。しかも……。

そんな愚痴めいたことを考えながら、まっとうな者なら生涯足を踏み入れることの出来ないような高級料亭の奥座敷へと歩を進めるのは、鬼兵隊のナンバー2である河上万斉である。



しかも万斉の調べでは、相手は男。

女であればまだ理解のしようもあるし、もし仮に晋助や鬼兵隊に仇なそうという輩、あるいは情報を引き出そうとする密偵だとしても排除は簡単だろうが…。

男であれば、自然警戒レベルも上がる。

晋助の腕は確かに相当なものだが、閨の中、性交の最中というのは最も警戒の薄くなる場面であることは否めない。そんなところを不意打ちで襲われでもしたら…。

晋助は、鬼兵隊の“要”だ。

ただ単に“組織のトップである”ということとは、わけが違う。

鬼兵隊に属する者は、幹部はもちろんのこと、雑兵の一人一人に至るまで晋助の思想、晋助の個性、晋助のカリスマの元に集った者たちなのだ。

晋助に何かあった場合、では他の者をトップに据えましょう、ということでは済まされない。

旗印である晋助が万が一不慮の死を遂げたりしようものなら…それは即ち鬼兵隊の瓦解を意味する。

そうなってもらっては困るのだ。

万が一にもそんな事態を引き起こさないために、細心の注意を払うこと。また、懸念材料になりそうなものは、たとえ不確定であろうと早い段階で出来る限り排除すること。

それが鬼兵隊における万斉の最も重要な役割である。



同じ男を相手に足を開くような軟弱な男など、それほどの懸念材料にはならないとも考えられるが…調査資料の中で、少し…気になる点があった。

その、相手の男…。松下村塾で幼少期を共に過ごした、晋助にとっては言わば“幼馴染”であり、かの攘夷戦争時には共に戦場を駆けた同志だったという。

が…話はそれで終わらない。



攘夷戦争も開始から十数年が経ち…ほどんど戦力と呼べるような戦力もなくなり弱体の一途を辿っていた攘夷側に、突如として現れた破竹の勢いを有する新興勢力。

狂乱の貴公子・桂小太郎を中心としたその一団。晋助も鬼兵隊総督としてその一翼を担っていたわけだが…。

常にその傍らに見え隠れする謎に包まれた人物……白夜叉。

『その男、銀色の髪に血を浴び、戦場を駆る姿は…まさしく夜叉』

未だ語り継がれるその文言の通り、鬼神の如き圧倒的強さで、敵からは悪鬼のように怖れられ、味方からは守護神として崇められていたという。

戦争終結と共にその所在は掴めなくなり、であるが故に尚のこと、伝説の侍として人々の心に強くその存在を残している。

調査では、晋助が度々逢瀬を繰り返すその相手が銀髪の男だということまではわかっている。

が、それだけでは決定打に欠ける。髪など、染めてしまえばどんな色にでもなる。

しかしながら、妙に条件が揃いすぎていることも否定できない。

松下村塾出身…。元攘夷志士…。銀髪…。

仮に晋助の相手が白夜叉その人だったとして…敵対する気がないのであれば、いい。だが…。



戦争終結と同時に姿を消した白夜叉。

そして、以後二度と再び表舞台にその存在を晒すことはなかった。

生きながら伝説となるほどの卓抜した剣腕を持つ者であるにも関わらず、鬼兵隊を立ち上げる際、晋助は白夜叉を再び仲間に引き入れようとはしていない。

同様に、桂の派閥にもそのような者が在籍している形跡はない。

いささか…不自然ではあるまいか?

同じ思想を掲げ、戦に身を投じた者同士…。しかも、長きに渡る攘夷戦争の中でも最も苛酷と言える、決定的な敗戦に至るまでの最期の刻を、命をかけて共に戦い抜いた間柄であれば尚のこと…。

敗戦前後に…なにかがあったとは考えられないか?

互いに命を預けて戦ってきた者同士が絶対的に袂を別たざるを得ないような“なにか”が…。

無論これはただの想像にすぎない。

だが、白夜叉が晋助と相容れない存在であり、万が一にも晋助の命を取ろうとした場合…危険すぎる。



逢瀬の頻度、護衛を捲いてまで出かけてゆくその行動…どれひとつ取ってみても、晋助がその男に相当の執着を持っているだろうことがわかる。

自分の任務は晋助の警護であり、晋助のプライベートに首を突っ込むのはいささか行き過ぎかもしれないが…やはりこのまま何の確認もせずに放置しておくわけにはいかない。

“万が一”の時のリスクが高すぎる。



「白夜叉」はもはや伝説中の人物である。情報もほどんど無いに等しい。

今現在、晋助と逢い引きをしている男と同一人物と断定することは難しかろうが…。

それでも、現物を見てみればなにか感ずるものがあるやもしれぬ。そう思って万斉はここにやって来たのだ。





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