短 編 集

□それがアナタの生きる道D
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”会うのが怖いのか?”と。

おそらく銀時は、からかうつもりで思ってもいないことを言ったに過ぎないのでしょうが…それは奇しくも晋助の今の心の有り様を言い当てていました。

この時晋助は、未だかつて感じたことのない懼れを確かに感じていました。

銀時に目を奪われる自分…。銀時のふとした仕草や表情にときめいてしまっている自分…。

打ち消しても打ち消しても、どこからともなく沸きあがってくるこの思いが…もし、気の迷いや何かの間違いでなかったとしたら…?

姫と対面して…それでもこの気持ちが変わらなかったとしたら…?

つぅっと…冷たい汗が晋助の首筋を伝います。

老婆の言葉を信じるならば、晋助の行動次第で、周囲のすべての人間の未来が変わることになるのです。

その“行動”の元となる“気持ち”が、示された運命とまったく別の方向に向かおうとしている…。

しかもその“気持ち”は自分でコントロールできる類のものではない――古今東西、恋心をコントロールできた人間など存在しないのですから――とくれば…懼れも感じようというものです。



 * * *



そんな…冗談じゃない!俺は皆を不幸にするために生きてきたわけじゃないぞ!

父上のように…皆が幸福に生きられる国を作ろうと。それを目標にしてきたんだ!それなのに…っ!

激昂しかけた自分をなんとか抑え、晋助は必死で冷静さを保とうとしました。

いや…先走るな。まだ、わからない。そうと決まったわけじゃない。

いま自分が銀時に対して感じているこの気持ちが何なのか…はっきりした答えは出せていないのだから。

確かに銀時は綺麗だと思う。だけれども、だからと言ってそう簡単に男に惚れるか?

最初に姫だと思い込んじまった、それが後を引いてるだけなのかもしれない。

あるいは、今まで出会ったことのないタイプだから気になってるだけなのかも。

実際に本物の姫と対面してみれば、このおかしな感情も案外あっさり消えるかもしれないじゃないか。

とりあえず、姫と会ってみるまでは。

それまでは…変に決めつけない方がいい…。

半ば無理矢理そう結論づけると、それきり晋助はそのことに対する思考を中断し…いま交わされている銀時との会話に意識を向けたのでした。



 * * *



「俺ェ?俺が何?」

“だいたいオメーはどうなんだよっ”

それは、晋助が話を逸らすために咄嗟に言い返しただけの言葉でしたが…冷静に考えれば、それも相当に重要なポイントであるような気がしてきます。

そうです。思えば銀時も、晋助と同じように姫が目的でこの城に来たはずなのです。しかも…。

「仕掛けの存在を知ってたってことは…オメーはもう姫に会ったんだろ?だったら実はオメーがお姫サマの“運命のお相手”だったってことなんじゃねーのかよ?」

「俺が?まっさかぁ。だって俺ァ王子サマじゃねーし。ジプシーのババアに意味ありげなご託宣受けたりもしてねーし」

「けどっ…」

「あーあー、悪かった。説明が足りなかったよなー。俺は確かにこの仕掛け見つけて中に入りましたよォ?けど、姫サマに“会った”わけじゃねーんだ」

「は?」

「なんつーか…“見た”ことは“見た”んだけど…ソレ以上どーも出来なくてさ…どーしよーかと思ってたんだ。俺には無理だしー、だからってイイ考えも浮かばねーしよォ。んでー、チョットひと眠りーとか思ってお前と会ったあの場所行ってさ…あそこ、陽ィ当たって気持ちいいんだよ。この城ん中で一番の俺のお気に入り!んで寝てたらお前が来てー…いきなりキスされてー…」

「ぶっ!そ、それはもーいいだろっ!」

「あーごめんごめん。忘れる約束だったっけなァ。人間ってどーでもいいコトに限ってなかなか忘れないモンだよねー。肝心なコトはすーぐ忘れんのにさ」

どーでもいいコト…。銀時にとっては“どーでもいいコト”って位置づけなワケかよ…。こっちァ本来の目的の達成が危ぶまれるぐれェテメーが気になって仕方ねェってのに…くそっ!

もちろん口に出せることではありません。



「で?お前の説明、結局ワケわかんねーよ。“見た”けど“会って”ないってなァ、ぶっちゃけどーゆーコトなんだよ?何が“無理”で、何を“どーにも出来ねェ”んだ?」

「イヤ、だって…開かねーっつか、開けられねーんだもん」

「何が?」

「お姫サマが寝てっトコの鍵」

「鍵ィ?そんなん、さっきオメーが仕掛け扉開けたじゃねーか!」

「あ?アレじゃねーよ。アレは押せば開くんだもん。アレじゃなくて…中に別なのがあんだよ、なんかエラク厳重なやつがさ。暗号…みたいな?なんかワケわかんねー数字がいっぱい書いてあって、それ解かなきゃ開かないみてーなんだけど…俺そーゆーの全然ダメでさ。ベンキョー苦手なんだよねー」

数字の…暗号…。それを聞いて晋助は、自分なら解けるかもしれない、と思いました。

身に付けた様々な学問の中でも、算術は晋助の最も得意とする分野でしたので。



 * * *





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