人に歴史あり

□1.鬼の子
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銀時に親はいない。

否。本当にいなかったら生まれて来るわけがないのだから、いたのだろうけれど…記憶にない。

記憶に留め置ける以前の、本当に幼い時分に別れてしまったのだろう。

だから、死に別れたのか捨てられたのかあるいは売られたのか……それとも手放す気などなかったのに戦火に追われてはぐれでもしたのか、はたまた攫われたのか…。

原因がなんだったのかなどわかろうはずもないし、聞いて答えてくれる人のあろうはずもない。

記憶がないほど小さな頃のことだ。そんな幼子が親と離れた直後から一人で放浪生活をしていたとは考えにくい。

しばらくは誰かが面倒をみてくれていたのだと思う。

よくは覚えていないが、おぼろげに浮かぶ面影があるような気もしないでもない。

優しい誰かが傍にいたような…。あれは親だったのだろうか。違うような気もする。いや、やはりよくわからない。

気がついたら一人だった。そうとしか言いようがないのだ。



 * * *



その頃の銀時の頭の中にあったのは、その日のことだけ。

今日を生き延びることだけ。明日のことすら考えられない。

考えたところで明日を迎えられる保証などないのだから考えるだけ無駄なのだ。

ましてや過ぎた日々のことなど。

役にも立たない思いに浸り込んでいられるような、そんな余裕はどこにもなかった。

今この時のことだけを考えて生きていた銀時は、過ぎた日々を記憶に留めておくことに何の価値も見い出せなかった。

この頃の記憶がいっそ異常と言えるほど曖昧なのは、そのせいなのかもしれない。

覚えておこう、と思う気持ちがカケラも起きなかったから。

覚えておきたい、と願うような事柄が何ひとつなかったから……。

そんな具合だから、初めて刀を手にしたのがいつだったのかもはっきりしない。

が、持ち始めたら手放せなくなったのは確かだ。

そしてそれは、銀時にとって「なくてはならないもの」となる。おそらくは初めての…。

理由は簡単。役に立ったからだ。

それ本来の用途である「何かを切り裂く」は言うに及ばず。歩き疲れたら杖にもなったし、高いところの木の実などを取るのにも使えた。

そして何より…脅しに威力を発揮したから。



 * * *



血がぬかるみを作り、弔われることもなく放置された屍体が腐臭を放つ戦場跡。

まっとうな者なら足を踏み入れたいなどと思わないだろうが、そこをこそ狩場とする者たちも実は相当数いるのだ。

死者を悼む情けもあらばこそ、金目のものを洗いざらい引き剥がしていく盗人ども。

同じく死体から少しばかりの金や使えそうな物を拝借して生計を立てていた銀時は、それを責め詰れる立場にはないのだけれど…。

そういう者たちは銀時を戦場荒らしの先客とみるや潰しにかかってくる。

ライバルが多ければそれだけ自分の取り分が減ることになるし、何より、先にめぼしいモノを集めている者がいるのなら、自ら労力をかけて探し回るより、そいつから奪い取った方が遥かに楽だからだ。

今さら死体が一つ増えたところでどうということもない戦場跡でのこと。

奴らにとっては相手が子どもだろうが関係ない。むしろ子どもだからこそ労せず簡単に排除できるだろうと余計に標的にされることが多かった。



刀は、鞘に納めた状態でも十分武器として使えたが、鞘から抜き放たれた煌く刀身は、そんな有象無象の輩を退かせるのに殊更に役立った。

銀時自身は気付いていまいが、天賦の才もあったのだろう。

銀時が構えを取るとその小さな身体から放たれたものとは思えないほどの凄まじい剣気が辺りを埋め尽くした。

それに圧され、退くものがほとんどだったが、脅しで退かなければ、斬った。

そうしなければ自分が殺されるのだ。

何のために生きているのかなど、わからない。

それでも。生きているから、死にたくなかった。生きていたかった。

「生きること」そのこと自体に価値があるのだ、と。誰に教わることがなくとも銀時は知っていたのかもしれない。





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