From dusk till dawn〜日没から夜明けまで〜

□7.【〜バーにて〜side土方】
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店に入ってソイツの顔が視界に飛び込んできたときにゃ、正直見間違いだと思った。

確かにあちこちで鉢合わせすることはあったが、まさかここで…?有り得ねェ。

そこは俺が静かに一人で飲みたいときに時々訪れる店だった。

飲み方もろくに知らねェくせに粋がるガキどももいなければ、正体不明になるまで飲んで愚痴を喚き散らすオヤジもいねェ。煩せェオンナどももいねェ。

疲れた脳と身体を適度な酒で癒すには最適と言えた。

近藤さんなんかは、ヒマさえありゃあ、いや例えヒマがなくても、オンナの酌で飲める店に通いつめてるが…俺ァどうもあーいうのは苦手だ。

面白くもねェことをギャーギャー喚きやがって、挙句に聞いてねェと怒る。

カネ払ってんのはこっちだっていうのに、ちっとも気が休まらねェ。まったくアレの何が楽しいんだか…。

その点ここは、酒も美味いし雰囲気もいい。申し分のねェ店なんだが、いちおう幕臣の身分を持つ俺でも“時々”になっちまうくれぇに値も張る。

だから、口を開きゃカネが無ェだの、シゴトが無ェだのばっかり言ってるアイツが、この店にいるなんざ、見間違いに違いねェと、そう思ったんだ……。

ったく……とうとう目ェ開いててさえ幻覚見ちまうまでになったのか俺ァ。

そんな自嘲の念に駆られながらカウンターに近づくと…。

「あーれー?多串くんじゃねーの。久しぶりー」

この声。この口調。しかも俺を“多串”なんて呼ぶ奴ァひとりしか居ねェ。……ホンモノだ。

「………なんでテメェがここに居やがる?」

自分のアタマがまだソコまで壊れていなかったことに僅かな安堵を覚えながらも、そんな勘違いをしてしまうほど不似合いな場所に何故コイツが…という率直な疑問が口をついて出たが、それついての答えは返って来なかった。

コイツが自腹でここで飲めるわけがねェ。

だとしたら…ツレが居るのか?誰だ、そいつァっ?

一瞬、嫉妬で目の前が真っ黒になりかけた時、茶化すように、事も無げに隣の席を薦められた。

な…んだ。ひとりか。

ちっ、居もしねェ相手に……ったく、そーとーイッちまってんな、俺も。まぁ今に始まったコトじゃねェが…。

こんな思いがけないところで顔が見れて、しかも隣に座るように促された嬉しさが出ちまわないように、そんな悪態をもごもごと口の中で呟きつつ、銀時が示したイスに腰をおろす。

もうだいぶ飲んでいるのか、頬や瞼のふちががほんのり赤らんでいるのが何とも色っぽい。

どうにも落ち着かず、煙草に火を点けたが、あっという間に灰になっちまった。

そこに注文した酒が差し出される。

複雑なカットのいかにも高価そうなグラスに注がれた洋酒。

見ると銀時の前にはメルヘンな色のカクテルとキスチョコが。またそんな可愛らしいモンを…似合うだろーがチクショー!

絡むような口調はいつもと同じだが、酒が入っているせいか、語尾を伸ばすような舌っ足らずなしゃべり方で。

ほんの少し鼻にかかった感じの声が普段より格段に甘く耳に響く。

ああ。こんなふうに俺を呼んでくれたら。

そんなささやかな望みすら打ち砕くように、多串、多串、と明らかに自分とは異なる名で呼ばれて。

今までもずっとそうだったから、言うだけ無駄だとわかっているにもかかわらずつい反発してしまう。すると、

「キミさぁ、そぉんなに銀さんにナマエ呼んでほしーわけぇ?」

思わずぐっと言葉に詰まった。

呼んで欲しいか呼んで欲しくないか、と問われれば、それはもちろん、呼んで欲しい。

が、どう考えてもここでバカ正直にそう言ってしまうわけにはいかないのだ。

「別にっ。ンなこと言ってねーだろ」

振り絞るようにしてやっと否定の言葉を口にしたっていうのに。アイツときたら。

「わぁーった、わぁーった。んなに呼んでほしいんなら呼んでやるから」

マジでか?と不覚にも期待に胸を膨らませてしまった次の瞬間。

「ひーじーかーたーくーん!」

某ネコ型ロボットが某メガネの少年を呼ぶ時のような、気の抜ける抑揚で呼ばれ、ガックリと肩を落とすハメになる。

マッタク愛情が感じられない。い、いや、そんなことはわかっていたが…あんまりだぜ。

でも、まぁいいとしよう。

今夜はなんだかコイツも楽しそうだし。俺も…まぁちょっと切ないが、一緒に飲めるのは嬉しいしな。

銀時といつものような具にもつかないやり取りをしながらそう思った矢先……変なオンナに絡まれた。



* * *





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