短 編 集

□道標
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(聞いたか? “あの”鬼兵隊が…………)

(あぁ………とうとう………)

(しかし………必死の捜索にもかかわらず、見つからねぇそうじゃねぇか)

(何がだ?)



―――首だよ。大将の、く び ………………





 * * * * *



真っ暗な道を………俺は歩いていた。

暗い上に、霧が深くて…辺りがよく見えない。

ここは…………どこだろう?

また調子に乗って飲みすぎちまったんだろうか?いいトシして迷子なんて、情けない。



どこで飲んでたんだっけなぁ……。

それがわかれば、今自分が歩いているのがどの辺りなのか、だいたいの見当をつけられそうなのに。生憎さっぱり思い出せない。

っつーかそもそも………俺、今日飲みに出たっけ?

そこらへんからして記憶があやふやなのだから救いようがないというか何というか……。

まァいい。

歩いてりゃアそのうち見知ったところに出るだろ。

そう思ってとりあえず、歩く。



と。

深い……霧の、向こうから。

誰かが近づいてくる。

引き摺るほど長い…黒いマントをすっぽりと着込んでいるという異様な風体。

変なやつ、と思った。

でも。

近づいてみれば、そいつは………。



……………ああ。

なんだ……高杉じゃねーか。



いつもの派手っちい着流しじゃなかったから。一瞬誰かと思ったぜ。

それに………笑ってる。

つっても、いつもの、あの人を見下したような胸クソの悪い「嗤い」じゃない。

穏かで…いっそ“慈しみ深い”とも言えるような、そんな………。

珍しいこともあるもんだ。



あァ、だけど………そう…昔、は。

たまァに、こんな顔で俺を………見てたっけ……。

ただ、愛しさだけを滲ませて……

言えやしなかったけど。ほんとはその顔…大好きだったんだ。

なのに、お前は。

いつからかその瞳に、剣呑で狂暴な光だけを宿すようになって……。

なんて。そんなのは……昔の話、だ。

溜め息を、ひとつ。

そうして、過去に向かいそうになった意識を現在に戻す。



「で?なにオマエ………どーしたん?」



高杉は答えない。

ただ黙って……じっと俺を見て笑んでいる。



「なんだよそのイカレた恰好。ハロウィンパーチーにでも招かれたか?しっかし…どっちかっつーと変質者みてーだぞ?え、なになにィー?まさかその下、全裸とかぁっ??」

俺はふざけてマントを剥ぎ取った。

そしたら。

そしたらっ……!





無かったんだ。

身体、が。

首から下がなァんにも!



『お前に……やろうと思ってな…………』



今までウンともスンとも言わなかった首がしゃべり出す。

身体が無いのに。

首だけなのに。



『欲しかっただろう?“これ”が………』



フザケんな!要るかぁっ、ンなもんんんっ!

ってか、誰が、いつ、そんなモンを欲しがったよッ!ナニ考えてんだよテメェはよォーーーっ!!!

そう……言い返してやろうと思ったのに。



「………………うん……」



驚いたことに俺は頷き、あまつさえ、手を差し出していた。

両の掌を。

お椀のようにくっつけて。

すると……。

トサリ、と。

その手の上に、首が落ちた。



『他の奴になんぞ、やらねぇ……』



『誰にも………誰にも……っ!』



『お前に……』



『銀時……お前に。…………委ねたかったんだ………』



うん、うん、と。

俺は頷きを返す。

何度も、何度も……。



『ちゃんと………落とさねぇで、運べよ?』



高杉の首が、ほんの少し茶化すように、言う。



「わあってるよォ」



俺はその首を胸にしっかりと抱き締めた。



 * * * * *



ふと見ると。俺の立っている場所の、一歩先。

ちょうど…マントの高杉が立っていた場所から。

紅い線のようなものが伸びている。ずっと……ずぅっと向こうまで。

点々と続くそれは、血。

あぁ。お前……俺が迷わねぇように、ちゃあんと道標を残してきてくれたんだな。



『天国には……もう何度も連れてってやったろォ?』

   だから………今度は……………



ニヤリ、と。からかうように笑ったのが、気配でわかった。

ここでソレ言うかよ……ったく…コノヤローはよォ…。



「そーだっけ?もう……忘れちまったよ………」



だって………いつの話だよ…。

最後に肌を重ねたのなんて、もう………

それもまた、遠い昔のこと。



『ククッ……拗ねんなよォ。こうしてちゃあんと………』

   戻ってきてやったじゃねェか…

    お前の処、に………



「拗ねてねーよ、ばァか……」

軽い口調でそう言い返しながら。

なんでだろう。涙が……止まらない。

両腕で抱え込んでいた高杉の首を、片手で支え、髪を撫ぜる。

きっと、こいつが…そうしたいだろうと思ったから。

手も足も無い、だから俺の髪を撫ぜることの出来ない、こいつの……代わりに。





『ひとォつ、一夜の恋ならば…』



「………ふたぁつ、二人で地獄へと…?」

続けて言うと、高杉の首がクスッと笑った。

むかぁし歌った数え唄だ。

先生に習ったんだったか……それとも村で流行ってたんだったか………もしかしたら、戦場で聴いたのかもしれない。

いつ、どこで覚えたもんかは、忘れた。それでも…俺もこいつもよォく知ってる。そんな、うた。





『三つ、皆を殺しても…』



「四つ、黄泉へのみちしるべ…」





点々と続く、血の道標……。

どこへ続くのかは……もう薄々わかってる。

そこを………二人で、歩く……。

いや、“歩いて”んのは俺一人だけどもっ!

これはもう……いいよなぁ?

“二人で”って言っても……。





『五つ、戦の血の雨の…』



「六つ、骸と変わりゃせぬ…」





決め事みたいに。変わりばんこに歌いながら。

どこまでも、歩いてゆく………。



なぁ、高杉………。

俺………わかってたような気がするよ……。

いつか。

いつか、こんなふうに………お前とこの道を歩くことを……。





『七つ、涙も枯れ果てて…』



「八つ、闇夜に溶けてゆく…」





やっと。

やっと、ここまで…………来た……。

決して分かたれることのない………そんな場所まで。あと、もう少し…。








『九つ、今夜は祝言を…』





俯いて……腕に抱えた首の旋毛に口づける。

と………あいつはまた、気配だけで微笑った。

そして…………





―――『「十で 吐息を 朱に染めて」』―――





血が。

混じる。

あいつと俺の。

血、が…………

魂が混じり合う……………



溶け合って。ひとつになる。

もう……決して分かたれない、ひとつのものに………。

やっと、なれる、ね……………

俺……た………ち…………………







 * * * * *



その夜を最後に。

坂田銀時の姿はかぶき町から消えた。

行方を知る者は誰もいない………。








『道標』
―――――完―――――
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