短 編 集
□忘れられない恋の話
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それから俺は以前にも増して足繁く叔父の家に通うようになった。銀時は俺が行くといつも大層喜んでくれた。家の中ぐらいなら問題なく動き回れるが、ある程度以上絵から離れることは出来ないようだった。
「なぁ…お前、ほんとに俺以外の奴には見えねぇの?」
「んーたぶんねー」
少なくとも今まで会った人の中には一人もいなかったという。もっとも、もといた吉田画伯の家もこの叔父の家も来客の多い家ではないので、接した人間の数はそれほど多くないのだとも言っていたが。
「俺には普通の人間と変わりなく見えんのに…」
不思議だよなぁ、と。存在を確かめるようにくしゃりと髪を撫でると、心地よさそうに目を細める。
その表情に思わずドキリとした。
「ね…もっと触って?俺、さ…お前に触られんの、好き」
「…あ゙あ!?」
ななななな、ナニを言ってっ……!!??
ドッドッドッドッと…心臓が早鐘を打つ。
断る理由は何もない。むしろ……
頭に手を乗せたまま動きを止めた俺を、どーかした?というように覗き込む銀時。
傾けたことで露になった首筋。撓んだ襟からちらりと覗く胸元から目が離せない。
そう。むしろ、俺は………
「あ、悪り、変なこと言って。触られっとさ…俺、ちゃんとココに居るんだなぁって…生きてはいねーけど…それでも存在してるんだなぁって思えるんだ…それだけだから……」
そう言った銀時は相変わらず笑っていたけれど。その奥にどれだけの哀しみや切なさを抱えているのか…今さらのように気付かされ、胸を衝かれる。
俺はたまらずキスしていた。
ほんの、1秒か2秒。でも触れ合った唇からは生きている人間と何ら変わりない温もりが伝わる。
「何言ってんだッ!お前は居るさ!ちゃんと此処に存在してるッ!俺にはわかってる!わかってる…から……っ」
鼻の奥がツンとして…銀時の両肩に手を置いたまま、その腕の合間に沈み込むようにして俺は顔を伏せた。
泣きたいのは銀時の方だ。だからこんな涙、こいつに見せるわけにはいかない。
同情じゃ、ない。そういうんじゃないんだ。
ただ…どうしようもなく………哀しかった。
「こいつが存在してることが」じゃなくて。その「在り方」が。
「…うん……そーだね。お前は…気付いてくれたもんな………………」
銀時は項垂れた俺の頭に手を添え、胸に包み込むようにしてそっと抱き締めてくれた。
「………ありがとな、十四郎……」
* * *
その日、家に帰ってから考えてみた。誰からも見えない、触れられない、というのはどういう感じなんだろう。
自分は確かにここにいるのに、周りを取り巻く世界は一切自分に干渉しない、自分からも干渉出来ない…。
それはきっと…俺が想像するよりも遥かに辛く寂しいことなのに違いない。
そんな世界で。銀時は長い時間を過ごしてきたのだ。たったひとりで…。
―――でも…今は俺がいる。
銀時の姿を見、声を聞き、身体に触れることの出来る、俺が。
守ってやらなくちゃ、と思う。傍にいて、たくさん言葉を交わして、その身体に触れて……大丈夫、お前はちゃんと存在してる、と安心させてやりたい。
―――それが出来るのは俺だけだ。
そう思うと震えるほどに心が歓喜する。
銀時の孤独を、寂しさを、埋めてやれるのは俺だけ。この大前提がある限り、俺が…俺だけが、あの綺麗な綺麗な男を独占できるのだ、と。
それが「誰からも認識されない」という銀時の辛い境遇を土台にして成り立っているものだとわかっていながら…それを喜ぶ自分がいる。
そんな自分を浅ましいと思わないわけではなかったが、どうすることも出来なかった。
それほどまでに。俺はもう…銀時に夢中だったのだ…。
翌日、叔父の家を訪ねた俺は「この家に住まわせてほしい」と叔父に頼み込んだ。
思いがけないことで叔父は面食らったようだったが別段嫌な顔をするでもなく、さりとて特に歓迎するふうでもなく、お前がそうしたいのなら好きにすればいい、とポンと合鍵を渡してくれた。
実際には何の関連もないことなのだが、ちょうどその頃叔父の姉にあたる俺の母が再婚したばかりだったので、その辺の事情を汲んで叔父なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
* * *
「え?お前ここに住むの?」
「ああ!両親の許可も得たし、叔父も承知してくれた!」
「そう…なんだ……」
これからはいつでも銀時に会える。一緒に過ごす時間も格段に増やせるだろう。
そのことに浮かれすぎて…銀時の表情が僅かに曇ったことにこの時俺は気付かなかった。
予想に反し、同じ家に住んだからといって毎日銀時に会えるわけではなかった。
学生である俺は当然昼は学校に行かねばならなかったし、夜もたびたび研究室に泊り込まねばならない時があって、家に居られる時間は限られる。銀時も気まぐれで―――あるいは姿を現すのに何らかの制限や条件があるのかもしれないが―――現れたり現れなかったりで。週に一度か二度会えればいい方だった。
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