From dusk till dawn〜日没から夜明けまで〜

□6.【〜回想…忍恋〜side土方】
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『………ひじかた…』

雨の中、一度きり俺を呼んだアイツの声が。繰り返し繰り返し耳の奥を擽る。

例えば息もつけないほど激しいキスの合間には。どんな吐息を洩らすのだろう。

例えばあの白い躯に舌を這わせてやったら。どんな声をあげるのだろう。

例えばアイツに俺自身を受け入れさせて揺さぶってやったら。そうしたらアイツはいったい……。

拒むように、呼ぶだろうか?求めるように、呼ぶだろうか?あの声で、俺の名を。



『………ひじかた…』

『………ひじかたっ…』

『………ひじか…たぁっ…』



耳の奥でこだまする銀時の声は、もはや元の姿を留めていない。

想像のままに形を変え、時に縋るように、時に誘うように、日に日に淫猥な響きに彩られてゆく。

その声の変貌に伴うように、脳裏に浮かぶのは見たこともないはずのアイツの艶姿。

あの銀の髪を振り乱して快楽に悶える…。そしてその快楽を与えているのは俺。

紅い唇を思うさま吸って。白い首筋に刻印を残す。

アイツの白すぎるほど白い肌に、それはどんなにか映えるだろう。

そこら中にキスを落とし、舌を這わせて肌の甘さを味わえば、徐々に火照ってゆく躯。

愛撫に反応し始める自身を弄ってやれば、切ない声があがる。

その声に煽られて。

身体を拓かせ、中に挿入って突き上げれば。

苦しげに顔を歪ませながらも、隠し切れない愉悦を滲ませる瞳。

そんな表情はどれだけ俺を昂ぶらせるだろう。

白い肌を羞恥で紅く染めつつも、抗いようのない快感に身を震わせて。

甘さの混じる、余裕のない声で、ひじかた…ひじかた…と俺の名を呼んで縋ってくる。

そうして限界まで高まった時のアイツはどんなに…。



「くぅ…銀時っ…銀時っ……うっ」

己の手の中に熱い飛沫が解き放たれる。

途端に消える、幻。

その躯の熱が、吐息の悩ましさが、確かに感じられるほどリアルに浮かぶのに。

現実じゃあ、ない。

手の中の白濁を握り潰して、もう一度目を閉じる。

そこに映し出されるアイツの顔。快楽に蕩ける紅い瞳…。

『ひじかた…もっとぉ…もっとしてっ…ひじかたぁっ…』

……都合のいい妄想だ。

現実のアイツはそんなふうに俺を呼ばない。

現実のアイツはそんな目で俺を見ない。

ましてや、求めてきたりなど。わかってる。わかってる、それでもっ!

それでも、振り払うことなど出来ようはずがない。

媚態を晒し、甘く囁きかけてくるアイツの姿。

日ごと夜ごと、瞼の裏に現れる。

己の作り出した、己の願望を映しただけのただの幻だとわかっていても。そのあまりの蠱惑に抗えない。



* * *



街を歩けば相変わらずあちこちで顔を合わせる。

交わす言葉もおなじみの、甘さなどカケラも含まない、憎まれ口の応酬。それでも心が撥ねる。

銀時が、いま目の前に確かに居る。

その白い容貌の中にあってひときわ艶を放つ綺麗な紅い瞳で俺を捉え、紅い唇が動いて俺に向けて言葉を綴る、それを幸福と感じながらも。

時に興味なさそうに、時にからかうように、時に呆れたように向けられるその顔に、幻でだけ見せる表情を重ねてしまう。

すると急激に高まる熱。

足りない、と。触れたい、と。欲しい欲しい、と。

膨れ上がった欲望が脳を、身体を、席捲する。

その度に必死にそれを押さえつけ、ねじ伏せて。気付かれないように。気付かせないように。

しかし、そうして抑圧された欲望は出口を求めて更に淫靡な幻を作り出す。

妄想の中の銀時は日を追うごとに艶めかしさを増し、よりいっそう淫らになってゆく。

そうして自らが作り出した幻想に煽られ、またひとり欲望を吐き出して。



最低、だ。

そうやって勝手な欲望でアイツを穢すたび、激しい自己嫌悪に襲われるのに。

それでもどうしても止めることが出来ない。

それどころか吐き出しても吐き出しても、熱は溜まる一方で。

そしてそのたびに。現実のアイツは遠ざかっていく気がして。



………狂いそうだ。

狂って、しまいそうだ。

何故こんなにまで囚われる?

決して俺のものにはならないのに。何故………。



確かにそこに在るのに決して届かない。まるで月ようだ。

雲に隠れて見えない日でも、気まぐれにその合間から顔を覗かせたりする。

かと思えば晴れているのに明け方まで姿を現わさない夜もある。

見るたびに形を変え、はぐらかすようにその実体を掴ませない。

ぼんやりとその輪郭を滲ませている時もあれば、いっそ神々しいほど冴え冴えと美しい光を放つこともある。

下界の者を虜にし、狂わせる、銀の光。

愛しい愛しい、俺の……。

いや、“月”は俺だけのものではないのだ。

誰もが同じように見上げることができるし、その優しくも妖しい光は万物に等しく降りそそぐ。

“俺のもの”ではありえない。

そう…“俺のもの”ではありえない!



「銀時………」

アイツの名を呼ぶ俺の声が、ひとりの部屋に落ちた。

頬を伝った雫とともに…。





第7章【〜バーにて〜side土方】へ進む
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