灰色の紋章

□第十六章 崩壊獣の正体
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「くっ…」

痛む顔を押さえながら立ち上がる。
しかし、決定的な力量の差は分かりきったこと。

自分のペースを崩さぬようカイツは冷静だった。


「はあっ!!」

カイツは力強い闘気を放出する。
その闘気は廊下の床を抉りながらラグナートに迫る。

ラグナートはそれを肩の鎧で防ぐと、同じように闘気を放出した。


カイツも負けじと闘気をさらに放出するが、


「ポスッ…」

カイツの闘気はラグナートの力強い闘気にかきけさ、カイツはそれを避ける。

が、先回りしていたラグナートは数百もの拳の連打をカイツに浴びせた。


「ドガァッ!!」

最後の一発がカイツの右頬に決まると、あまりの衝撃により地面に倒れた。




「…やはりこの程度だったか。まだお前にこの舞台は早かったな」











「これで…勝った…気か?」



カイツはぼろぼろの体で立ち上がる。
不屈の精神を見せるカイツにラグナートは笑みを浮かべた。


「強がりはよせ。半分の力すら出していない俺にこの様だ…崩壊獣になど歯が立たんだろう」




「は……ははっ…」


「…?」


カイツの口許には笑みが浮かぶ。


「まだ…こんなにも差があったなんてね…」


「何が言いたい?」


「嬉しいんだ…目標にしてた人がすごい強くて…!!」


カイツは構えもせず何かを待っていた。
そしてそれは突然起こった。


「ピカァッ!!」


突如カイツの体を神秘的な光が包み込む。
その様子を手を出さずに見守るラグナート。

次第に光は輝きを増していった。









「もう大丈夫だよ、イリア。来てくれると信じてた」


カイツの背後には短髪で赤い髪、短刀を腰に携え軽装のイリアが回復の光を唱えていた。


「何がどうなってるか分からないけど…カイツ…勝ってっ…!!」

イリアは回復の光を唱えるのをやめる。


「ラーグ…こんな形で会うことになるとは思ってなかったけど…」












"全部終わったら…また会えるよね…?"



イリアの瞳からは涙がこぼれる。
背けてはいけない現実と向き合ったカイツとイリア。

つらい気持ちを必死で押さえていた。


「ああ。もちろんだ…きっとまた…笑って過ごせる日が来るはずだ」



「ラーグ…もうここまで来た以上中途半端に投げ出したくない。お互い全力で…!」

カイツの闘気に力強さが増していく。
輝く白い神秘的な闘気を強めていく。


「ふっ…来い…カイツ!!」


その声に反応し、カイツは残像が見えるほどのスピードでラグナートに迫る。

流れるような身のこなしで蹴りを繰り出す。

「カッ!」

ラグナートはそれを腕の鎧で防ぐと反撃に転じ、殴りかかる。

「ガシッ!!」

「なに!?」


カイツはラグナートの重い拳を手のひらで掴み防いだ。


その刹那、カイツは右腕で大きく振りかぶる。
アッパーの構え。

ラグナートは避けようとするが、掴まれた拳は全く離れなかった。





「ズゴオォッッ!!!」


ラグナートの腹部が微かに宙に舞った。
鎧は割れてはいないものの、ラグナートは鎧越しの衝撃により吐血し前のめりになる。

(とっておきの技でもなんでもないただのストレートでこの威力…もし鎧がなかったらと思うとゾッとする…)


すかさずカイツはラグナートの顎を蹴りあげようとする。
しかしラグナートはそれを腕の鎧で防ぐと、

「ダイアモンドタックル!!」


ラグナートはその場から凄まじい瞬発力でカイツにタックルしそのまま背後の部屋の壁を破壊する。

お互い地べたに寝そべるがカイツは危機を感じ立ち上がろうとするが、

「ガシッ!」

ラグナートはカイツの足を掴み思いきり力ずくで投げ飛ばした。




「はぁ…はぁ…」


カイツは口から出た血を拭い立ち上がった。


「本当に強くなった。これだけの攻撃に耐えうる強靭な肉体を身に付けるとはな。いや…お前のパワーの源はやはりワイト直伝の聖なる闘気か…」


「はっ!」


カイツは遠慮は全くなくラグナートに闘気を放出する。

「ガンッ!!」


その衝撃にラグナートは体のバランスを崩す。

それを見逃さずカイツは地を這うような移動で一気にラグナートに迫った。


「はあぁー!!!」

カイツは少し跳ね空中から拳を繰り出す。


「ドゴォッ…!!


ラグナートの鎧は割れないながも、カイツの繰り出した拳により押し潰されていく。

衝撃に耐えきれず、廊下床は数十メートルに渡り地割れが起きる。


「壊…!!」

「スガァッ!!パキッッ……」



ラグナートに触れていたカイツの拳からは更に凄まじい衝撃。

ラグナートの完璧なるガードを、誇る黄金の鎧は無惨に破壊され破片が縦横無尽に飛び散った。

「ガハッ…なんという…イカれたパワー…!!」


カイツはラグナートの腹部に触れていた拳から瞬時に闘気を集中させ、近距離から気溜壊を放ったのだ。

地割れは更にひどくなり床は抜けそうな状態。


「ハァハァ…やはり…思った通り…お前は…世界を変える器に育った…!」

「ハァ…ぐっ…」

カイツもダメージがあるのか辛い表情。


「さあ…どちらが崩壊獣をとめるのに相応しい存在か…決めるとしよう…!」


「ギュッ…」

カイツの拳が強く…握りしめられる。





「行くぞ…!ラーグッ!!」


「……来い!!!」





カイツはがむしゃらに力強い拳を繰り出す。
その拳はスピードを増していき残像により腕が数十本に見えるほど。


「はあぁ!!!」


ラグナートも全ての闘気を振り絞り無数の連打を繰り出し応戦。






「ズガガガガッ!!!!」



地響きが鳴り響き床も今にも抜けそうなほどの衝撃。















"ラーグっ!人々を守るのってやっぱり大変?"




"そうだな…守るのに必要なのはただ戦う強さがあればいいってものではないからな。何かを守るためには同時に相手を殺さねばならない場に遭遇するということも頭に入れておかなければならん。それ相応の覚悟がなければこの仕事は務まらない"




"そっか…覚悟かぁ…僕も…暴力だけで解決しない立派な騎士になれるかなー…"



"覚悟があればな…いや…お前は騎士というより自由気ままに旅をする冒険者がよく似合う"



"冒険者!?冒険もいいなぁー………"











「ズガガガガッ!!!バシバシッッ!」




両者引くことなく互いの拳が互いの体を激しく打ち付ける。

長引くかと思われた超パワーの激突…しかし変化は突然訪れる。











「"壊"連打ッ…!!」




「ズゴォッッ!!」


「がぁっ…!ぬ…」


カイツの拳の重みが急遽けた違いに上がる。


「ぐぅ…ばかな!!」


ラグナートの目はけた違いのパワーの拳により腫れ吐血により血に染まる。



「ぐっ…これは…間違いなくワイトの気溜壊…!」


カイツの連打は一つ一つが驚愕のパワーを誇る必殺技の気溜壊。
その一撃必殺の破壊技をなんと数十発も繰り出していた。


「ぐおぉーー!!!はあぁ!!!」



しかし過去の伝説の騎士と呼ばれた英雄ラグナート…それに臆さず力任せに拳を突き出し続けた。


両者の拳が激しく互いの体を打ち付け鈍い音が響き渡っていた。




"こんなにも…強くなったのか。これなら…任せられるな…この世界を…ウァレンシアをお前の手に託す…!"



ラグナートの体の力が抜けていく。
それに気づいたカイツは勝利を確信する。


気づけばお互いの拳は止まっていた。


「バタッ…」


「はぁ…はぁ…ラーグっ…」

カイツは倒れたラグナートを荒い呼吸で見ていた。


「カイツ…近くに…来い…」


弱々しくはなった言葉の通りにするカイツ。


「お前は俺を…」


ラグナートはカイツの後頭部を掴み抱き寄せる。




「超えたっ…!」

弱々しい声だがラグナートは続けた。


「甘さを捨てた今のお前なら…やれるっ…!自信を持て…」

カイツは静かに頷く。


「あの容赦ない攻撃は…見事だった…戸惑いの一つもなかった…な…。それで…いいんだ。そうでなければ…この先…前には進めんだろう…」

「うん…俺…やるよ…!」


「カイツ…お前のスレイブとしての使命は…俺を倒すことなどでは…ない。嘘をついて悪かった…そうでも言わなければ戦わんだろうと…たが…使命の期限が今日の23時59分までだというのは…真実は。お前がスレイブになったの…は…生まれて物心つく前…指名の内容は知らんだろう」


「分からないけど…スレイブにした犯人は多分魔族だと思うんだ。やつらは今日…このエンプレム帝国に来る…そんな感じがするんだ」

「ああ…冒険者、ベガス軍、滅盗団、魔族…それぞれの思いが…一つになり…ここエンプレム帝国に集結…する。もう俺にすら止められないほどの…巨大な…戦いだ…はぁ…はぁ、よく聞け…お前に…伝えとかなければならんことがある」



決して背くことを許されない悲しき使命。

そんな大きな使命を15歳の少年が背負う。


「崩壊獣の…正体についてだ」


ラグナートは軽く息を吸い込みゆっくり吐き出す。

体のダメージはイリアの回復により少しよくなり、呼吸は落ち着いてきた。


「崩壊獣…さっきも言ってたけどその怪物が今日復活するってこと?」

「まあ…そんなところだ。お前…自分がグォータンなのはもう知ってるな?」

「うん…」


「グォータンとは魔族と人間のハーフ。とは言っても魔族の血などお前の体には蚊ほどしか流れていないだろう。しかし…少量とはいえ魔族の血は確実にお前の体に存在する」

ラグナートはグォータンという種族の説明をし出した。

「分かってる。そんなことより時間が…」


「まあ待て。黙って聞いてろ」

カイツは焦りが生じながらも頷く。


「グォータンは不定期だが数年に一度魔族の血が何かしらの反応を起こし情緒が不安定になる時期があるという。いわゆる魔族の血の暴走だ。この暴走が起きるとグォータン自身は理性を失いただ大暴れを繰り返す怪物となるという 」


「えっ…それって…まさか…」



「ああ…お前も知っている通り当時5歳の子どもが引き起こした大事件…ルーゼンフォル惨殺記が起きた理由はそこにある」


「そんな…」


「あのときは俺がお前を大都会ミレアに連れていったときのことだ。たった5歳の子どもが悪魔のごとく形相を変え、周りにいた人間を殺していった。あのときのことは俺が被害を食い止められなかったのが最大の後悔だ」


「覚えてる…いや…少し前にあのときのことを思い出したんだ。すごい力がみなぎって頭の片隅で思っちゃったんだ…この力ならなんでも思い通りに出来る、って…それほど意識は何かに乗っ取られて暴走しちゃったんだったね…」


カイツは眠った記憶を掘り返していく。



「ああ、そして…崩壊獣ドラグレアの魔の血が先刻暴れだした」


「え?」


「崩壊獣ドラグレアの正体…それは人間でも魔族でもはたまたただの怪物ではなく…」


「ドクンッ…」






「ドクンッ…!」




「お前と同じ…グォータンだ…!」



「…グォータン…」



「ああ…そしてそのグォータンの本当の名は…」






「ドクンッ………」







「ドクンッ……!」












"お前の父…ルシウス・ルーゼンフォルだ…!"





「ぇ……」




ラグナートは仰向きに倒れながら唇を噛み締め涙を流す。

背くことを許されない現実。
告げることを強制されたラグナート。

両者の悲しみを分かち合える者などいないだろう。


「崩壊獣ドラグレアは俺の父さん…」



「事実だ。ショックは大きいだろうが受け入れるしか道はない」


「そっか…なら…俺がやるしかないね…!俺が救うしかないね…!!」



「…!?」
(なんという強い精神…カイツ…何から何まで本当に成長したな…)


カイツはもう精神を崩壊させないと心に誓っていた。

事実を告げられたならそれを解決する努力をする他選択肢はない。


「よく言った!お前ならやれる。道中アークハルトがきっと道標になってくれるはずだ。彼は俺が最も信頼を置く最高の戦友だ」


「うん…分かった…!行ってくるよ…!!」


「一ついい忘れた。魔族の王となったカルガリアの悪魔、名をメルガンという者もまたグォータン。やつは魔族の血の暴走を制御することに成功し人間場馴れした力を得ている。だがルシウスは恐らく制御することは不可能…メルガンもこのエンプレム帝国に来るという情報が入ってるゆえいつでも隙は見せるな。いいな?」


「うん!!また…生きて会えたら俺の最高の友達を紹介するよ。それで今度はみんなで一緒に旅をしようっ…!」

カイツはにこりと笑い、過去の幼い笑顔を再び見せた。

「ああ…楽しみにしている…!!」







カイツはラグナートに指示された方向を目指す。

目的地はエンプレム帝国から南西に30km程度離れたバサラ砂漠。





ここはエンプレム帝国の城、7階。
赤い鎧を身に付けた大男と帝国軍第2級隊長のウォールアが廊下で鉢合わせる。

緊張感漂う空気を破ったのは、滅盗団団員、棒術師ラオサムの登場。


「謎の男に帝国軍隊長、そして盗賊団か…なるほど…まさに異色の組み合わせだな」

ラオサムは棒を手に取り言った。


「ほう…これはまた見るからにも凶暴そうな顔ぶれが集まったものだな。だがお前はもう一人見落としている」

ウォールアはラオサムの頭上に視線を移し言った。

「なに?」


「ちっ、隙を見て殺そうとしたんじゃがさすがに無理があったか」


冒険者協会本部最高権力者、ゼネラル・ゼイラル、齢75。

歳に相応しくない太くはないが発達した肉体。
身長170cmほどだが存在感は凄まじく、このエリアに集まった屈強な強者たちは冷や汗を流しゼイラルを見ていた。
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