物語
□オトギバナシ。 その1
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雪が積もりに積もった1月の事。
親父が死んだ。
享年54歳。
仕事で出掛ける事が多い人だったから、あまり遊んでもらった記憶は無い。
俺の中の親父は、いつも厳しいだった。
学校をサボれば殴られ、文句を言えば殴られ。
髪を染めれば殴られ、煙草を吸えば殴られ、酒を飲めば殴られ。
気に入らない奴がいれば殴り、気に入らない物があれば壊す。
……根っこから、どこまでも凶暴な人だった。
そんな親父が、ガキの頃から大っ嫌いだった…。
―――小さい頃に母親が亡くなり、長いこと親父と2人で暮らしてきた俺にしてみれば、
この一条 明久(いちじょう あきひさ)という男は畏怖すべきものであり、尊敬したりする対象じゃない。
別に死んだところで何も感じない。
…けど、それでも。
やっと親父を埋めたばかりだというのに、遺産の話をするために俺の家に上がりこんできた叔母一家にはさすがに怒りを覚えた。
遺産相続権をすべて俺に与えると書かれた親父の遺書をわざわざ燃やして、捏造した遺書を用意して。
…恐ろしく感じるほどの手際の良さで、叔母一家は親父の全財産をすべて横取りする計画を進めていた。
まぁ俺としては別に親父の財産が欲しいわけじゃない。
あのクソ親父を哀れんでるわけでもない。
ただ単純に、俺の金がこいつら盗まれるのが気に入らなかっただけだ。
……そう、たったそれだけ――――。
「それじゃ、実妹の私が半分貰うから。
あとはアンタらで分けなさい?」
叔母さんのとこは母子家庭で、息子が2人いる。
確か兄が23歳、弟が20歳だったはずだ。
…ちなみに俺は16歳。
「……ちょっと待てよ、叔母さん」
俺が声を掛けると、叔母さんとその息子たちは一斉にこちらに振り向いた。
……そろいもそろって、卑しいツラしてやがる。
「…なんで俺を抜きで勝手に財産を分配しようとしてんのかは知らねぇが、ちょっと人ん家で好き勝手やりすぎじゃねぇの?」
俺の言葉に、叔母さんは見てわかる程の不快感をさらけ出す。
40過ぎたババアの醜い視線が俺を突き刺す。
「……あのねぇ、明夜くん。
あんたみたいなのを引き取らされて、叔母さんは迷惑してるの。
…あんた、近所じゃ一条のバカ息子って有名なのよ?
ただでさえ親戚ってだけで変な目で見られてるのに、そのうえあんたが家で暮らすだなんて、どんな噂をされるかわかったもんじゃないわ。
……これはね、言わば慰謝料よ。
これからあんたの生活費と学費を負担しなきゃないんだから当然でしょ?
わかったら黙ってなさいっ!!!」
物凄い剣幕で怒鳴られた。
「………うるせぇよ、クソババア。
誰がテメェの世話になんかなるか。
んなもんこっちから願い下げなんだよ」
「な、なんですって…!?」
そのまま血管切れて死ぬんじゃないかってぐらい額に青筋を立ててワナワナ震えている叔母さん。
睨んだだけで人を殺せそうな程の鬼のような形相だ。
…しかし、そんな顔もすぐに青ざめたものに変わった。
「俺はここに一人で住む。
遺産は全部俺の生活費だ」
親父が生前、大切にしていた日本刀を手に取る。
「…近所で有名な一条のバカ息子は頭ん中トチ狂ってっからよ。
あんま怒らせるとなにするかわかんねーぜ?」
もちろん傷付けるつもりなんかない。
ただの脅し。
芸術的なまでに美しく鋭い抜き身の日本刀の切っ先を叔母に向けながら。
……吐き捨てるように、俺は言い放った―――。