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□花開け、花開け。
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「ユッキノー」

ギルドの紋章をかたどった魔法スタンプ片手に、今までなら絶対に見せなかっただろう満面の笑みを浮かべて自分を呼ぶスティングに、ユキノは戸惑ったように視線をさまよわせた。

「ギルドマーク、どこいれるよ?手か?腕か?足か?」
「あ、あの…」
「今度は腹なんて目立たねー場所じゃなくて、ドーンと分かりやすいところに入れねーとな!」

以前、ユキノがいれていた紋章は己の手で消してしまった。それを今度はスティングの手ずから入れてくれると言う。申し訳ないやら嬉しいやら照れくさいやら、ユキノは真っ赤になって手を振った。

「そ、そんなスティング様のお手を煩わせるわけには!私、自分で…」
「いーのいーの。遠慮すんなって」

ナツの影響か、以前の冷酷さはすっかりなりを潜めたスティング。そんな彼の対応に困り、カウンターに腰掛けるローグに救いを求めるように視線で訴えると、無言で頷かれてしまった。

「お、そうだ。妖精の星霊魔導師と同じとこにいれるか?」
「あ…」

ユキノの表情の機微を読み取ったのだろう。ニッと笑みを深くしたスティングが、決まったと言わんばかりにスタンプを掲げる。

「あ、あの…じゃあ左手に」
「え?あいつは右手じゃなかったか?」
「いえ。左手がいいんです」
「んー、そっか」

差し出した左手、ブレないようにスティングがその手を握り固定する。思っていたより高めの彼の体温に、ドキドキと心臓が脈打つのを感じながら、自由な右手でそこを抑えた。

「スティング君!頑張ってください!」
「……レクター。何に対する応援か全く理解出来ないんだけど」
「今のおまえなら手元を狂わせそうだからな」
「フローもそーもう」
「よーし、おまえらが全力でオレを馬鹿にしてるのは分かった」

あとで覚えてろよクソッ、なんて周りの茶々に唇を尖らせながらも、その手元はブレることなくしっかりとユキノの手に紋章を刻んだ。

一度は消されたその紋章が、再び自分の身体に刻まれて、なんとも言えない感慨が沸き起こる。

「あ、ありがとうございます…」
「うげ!」

ホロホロ、ホロホロ。幾筋もの涙が頬を伝う。目の前で顔面蒼白になるスティング様には申し訳ないが、止める術が分からない。

「スティングが泣かしたー」
「これオレのせいか!!?」

フロッシュの指摘に動揺を隠せず、ワタワタと慌てるスティングは少し見ものだ。感情豊かになった己の相棒に頬を緩ませながら、ローグは滑らかなユキノの銀髪をゆるりと撫ぜた。

「ああいう奴なんだ、許してくれ」
「スティング君に悪気はないんです、ハイ」
「フローもそーもう」
「なんでオレが悪いみたいな空気になってんだよ!!」

目の前で繰り広げられる賑やかなやりとりに、ふわふわと浮ついたような気分になる。この気持ちを、どう表せばいいのだろうか。

「ユキノ」

自分に向かって両手を上げるフロッシュの小さな身体を、おずおずと遠慮がちに抱き上げた。カエルの着ぐるみ越し、フワフワとした柔らかな感触がユキノの心を少しだけ落ち着かせる。

「寂しい?悲しい?フローのせい?」
「いいえ、…いいえ」

私より何倍も小さな身体でありながら、必死に慰めようとしてくれるフロッシュ様の気持ちがありありと伝わってくる。ユキノはまたしてもフワリと何かが自分の心を満たしていくのが分かった。

「嬉しい、のです…」

どうしようもなく。

涙が止まらないくらい嬉しくなることを、私はここに来て初めて知った。仲間だと、大切にしたいと、差し出してくれたスティング様の手をとったことは間違いではなかったのだ。いくつも差し伸べられた他のギルドの皆様の手も、どうしようもないくらい嬉しくて、眩しくて、私には勿体無いくらいだったけれど、ここを選んで良かったと思う。

今ここで、彼らの輪に加わった自分を、誇りに思う。

「ったく、紛らわしい」

呆れたような、それでいてどこか笑っているようなスティングの声に顔を上げると、いつの間に距離を詰められていたのか、驚くくらい端正な顔立ちがすぐそこにあった。

「嬉しいなら笑えよなー。ほら、にー」
「ふぁ、ふぁい」

ぐにょーん、左右に引っ張られた頬に眉根を下げる。加減はされているので痛くはないが、きっと間抜けになっているだろう自分の顔に少しだけ頬が熱くなった。けれど、振り払おうとは思えない。

「スティングくーん。笑顔はムリヤリ作るものではないですよー」
「フローもそーもう」
「あー?んなの分かってるけどよー」

不満そうな、どこかふてくされたようなスティング様の顔を間近に見て、どうしたものかと途方に暮れる。

「ふぁの…」
「あ?」

声を出したことで、摘まれたままの頬は解放された。それを揉みほぐしながら、何か言わなければと逡巡する。

「ス、スティング様も笑った方が素敵だと思います…!」
「……は?」

ポカンと、まさしくその表現が相応しいくらいに呆けた表情で自分を見下ろすスティングに、何か間違えただろうかと不安に思う。

―――その後。

「スティング、まっかっかー」
「う、ううううるせー!!」
「ケロ!」
「フロッシュに八つ当たりするな、スティング!」
「大丈夫ですか、フロッシュ!」
「……いたい」

目の前のやりとりに、ぱちくりと瞬き一つ。少し落ち着いて、自分の腕の中にいるが故に、フロッシュはスティングの拳骨から逃れられなかったことを理解した。

フロッシュはこれでいて運動神経がいい。猫だから当たり前なのかもしれないが、足の速さだけならそれはレクターにも勝るほどだ。頭を抱えてメソメソと啜り泣くフロッシュと、それを心配するレクターのなんと心温まることか。穏やかなやりとりに、自ずと頬が緩むのを抑えきれない。

「つーか、もって何だよ、もって!オレは別におまえの笑った顔なんて興味ねーからな!!」
「はい…!」

ふわりと、それはまるで芽吹いたばかりの蕾のように。

「っ」




―――花開け、花開け。

満開は、もうすぐそこに。



【END】
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