short

□今だけは
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※微裏注意。微ってどこまでが微裏?な管理人が書いた代物です。事前、事後描写が主で、直接的表現は控えていますが、所謂性的描写を含みます。意味を存じ上げない方はブラウザバック推奨。





「はーっ、すっげー雨だな」
「…ほんとに」

窓を叩く雨水を横目に、ユキノの意識は隣の彼だけに向いていた。

一仕事終え、あとはギルドに帰るだけの目前で豪雨に足止めを喰らい駆け込んだ宿屋。馬車も列車も運行中止。今日中に帰ることを諦めた彼がフロントから受け取ったのは鍵一つだけ。鈍く光るキーに、ユキノの身体が固まったのはそう長い時間ではない。―――だって、そう。なんら可笑しいことはないのだ。彼と私の関係を考えるならば。

「…………」
「…………」

頭ではそう理解しているのに、心がついてきてくれない。表面上は普段通りを装いながら、自分が一体何をしているのか、彼に応える言葉は意味をなしているのか、そんな事さえ気が回らないのだ。重症である。

あれ。そういえば会話が止まったかもしれない。気付いて、隣の彼を仰ぎ見れば、バチリ、正面から視線が交差する。

かける言葉をなくして、硬直する身体。ああもう、なんて情けない。

「おまえさ、とりあえずシャワー浴びてきたら?」

雨に降られて、しっとりと濡れたユキノの前髪をスティングは指先で横に流す。

「わ、私が先ですか?」
「オレに先に入れってか」

それは可笑しいだろと、彼が喉を鳴らす。くつりと、低く。決して耳につく程大きな笑い声ではない。だけど、ユキノの胸に響くそれは、ただでさえ忙しない心臓を早鐘のように打った。

「でも、スティング様の方が濡れてます…」
「オレ、風邪ひかねーもん」

何を根拠に言っているのだろう。あまりにも自信に満ちた言葉に、否定することも難しい。代わりに、ユキノは彼の濡れた髪に指を通した。先程、彼がそうしてくれたように。普段はツンツンに立ち上がった髪の毛が、今は重力に従ってペタリと垂れ下がっている。蒼の瞳が隠れてしまうのが惜しくて、そうっと後ろに流した。少しだけ背伸び。自分は大胆なことをしているのかもしれないと思う一方で、彼に触れる瞬間の安堵感はユキノにその手を離すことを躊躇させる。

「風呂…、入れ」

掠れた、声。緊張が伝わって、何故だろう。自分でも気分が高揚していくのが分かる。

「ほんとに風邪ひくぞ」
「…でも」
「……一緒に入るってんなら話は別だけど」

キョトンと、首を傾げた。

入る。一緒に。―――どこへ?

「っ!!」

途端に上昇する体温。雨で冷え切った身体が嘘のように熱くなる。慌てて彼の髪から手を離した。自然と、彼との間に出来る距離。

「お、お先に失礼します…!」
「おー」

必要な物をひっ掴んで、バスルームに駆けた。

なんて、なんて事を言ってくれたのだろう。一瞬だけ想像してしまった光景を頭の中で打ち消す。この狭い浴槽で二人…。無理、無理、絶対無理。考えただけで心臓が保たない。どうしてあの人は平気な顔して、いつも、私がどれだけ、振り回されているか。

そこまで考えて、溜め息をついた。

狡いなぁ…。彼はきっと、私が狼狽えて逃げ出すのを承知の上で、あんな事を言ったのだ。狡い、狡い。とっても狡い。掌の上で転がされながら、けれどもそれが嫌だとは感じない自分に、悔しいような照れくさいような。

私ばっかり好きみたい。なんて、バカみたいな事を考える。知ってるの。彼がどんなに自分を愛してくれているか。どれだけ大切にしてくれているか。分かっているくせに、贅沢な悩みだ。

熱いお湯を、頭から被った。心も身体ものぼせて。くらくら、クラクラ。このまま何も考えられなくなってしまえばいいのに。



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