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□僕の隣で笑ってくれ
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※微ネタバレ注意。大魔闘演武その後、捏造。アニメ派の方は回れ右。





流れ落ちる滝の音が鼓膜を揺する。切り離された崖の上、開放的でありながら、どこか閉塞感をも感じてしまうのは、僕が罪の意識を抱いている故だろうか。

「七年ぶりだね、カレン」

その声に応える者は、もう居ない。あの日と同じく、冷たい十字架が水しぶきに反射して光ってみせた。

ここに来ると、どうやったって陰鬱な気持ちが抑えきれなくなる。慣れ親しんだ笑顔の仮面は剥がれ、代わりに眉間に深い皺を刻みながら、輝く墓石を睨んだ。

押し潰されそうなほどの罪悪感。何も出来ない無力な自分。嫌というほどそれを自覚させられるこの場所が、ロキは少しだけ苦手だ。だが、決して目を逸らすことはない。この痛みを、罪を、ロキは一生背負っていかなければならないのだから。

―――澄んだ水の匂いに混じって、慣れ親しんだ香りが鼻孔をくすぐる。

「ここに居たの」

聞いているだけで泣き出したくなるような柔らかな声音を耳に、視線は目前の墓石を映したまま。

彼女がここを訪れたことを、特に驚くことはなかった。なんとなく、分かっていたのかもしれない。

「七年ぶりの墓参りってところかな」
「見れば分かるわよ」

そう言って、隣に並ぶ少女の存在に、今までどれだけ心救われたことだろう。流れるブロンドの髪を無意識に手で掬い、そっと耳にかけてやる。ハッキリとした横顔に見惚れながら、心の中で前オーナーに詫びた。彼女の前では、どうやってもカレンの存在が霞んでしまうことを。

「ごめんね」
「何に謝ってるのかしら?」
「勝手に出てきちゃったことかな」
「それならもう慣れたわよ」

いや慣れちゃいけないのか。そうブツブツ呟く現オーナーに、堪らない愛おしさが込み上げる。彼女が僕の勝手を許すのは、僕を個々の存在として認めているからこそだ。道具でもない、星霊でもない、一人の存在として僕の自由を願っている。それは、ルーシィさえも気付いていないかもしれない感情。それでいて、誰よりも僕を信頼してくれるんだから。

「かなわないよな…」
「え?」
「ルーシィは今日も可愛いね」
「…墓前で口説くのやめなさいよ」

その呆れた口調も、照れた表情も、七年前と何一つ変わらない仕草も。

「ルーシィ」

その全てが僕には唯一で、何にも代え難い、僕にとっては他のどれを犠牲にしても護らなければいけないものだというのに。

「ロキ…?」

ごめん。ごめん。ごめん。

心の中で幾度も謝罪を繰り返しながら、その小さな身体を掻き抱く。

頬をくすぐる柔らかなブロンド。少し速いくらいに脈打つ鼓動。首筋に感じる甘い吐息。高い体温。それら“生”の象徴に、知らず目頭が熱くなる。

彼女が生きている。それだけで、こんなにも救われた気持ちになるのだ。この温もりを、二度と手放してはいけない。そんな強迫観念にとらわれたかのように、ルーシィを抱く腕に力がこもる。

「何なのよ、もう…」

痛いだろうに、苦しいだろうに、そんな小さな悪態一つで許してくれる彼女のなんと愚かなことか。

痛いのならば振り払えばいい。苦しいならば押し退ければいい。そんな簡単なことを、どこまでもお人好しな彼女は許さないのだ。

「ルーシィ…、ルーシィ」

星霊を愛し、星霊に愛された少女。



「君は、僕が守る」



祈るように、誓うように。囁かれたその言葉。

「ロキ…?」

不安を帯びたルーシィのか細い声。応えてあげることは出来なかった。代わりに背中に回した腕にぎゅっと力を込める。そこに感じることが出来るのは、滑らかな曲線美だけ。だけど僕は知っている。ここに貫かれた剣の痕を。例えこの身体に残っていなくとも、僕の記憶の中にはくっきりとその光景が焼き付いている。

恐怖、驚異、憎悪、悲哀、絶望、虚無。あの一瞬で、一体いくつの感情に襲われただろうか。考えて分かることでもないけれど、考えずにはいられない。何も出来なかった自分を、殺したいくらい憎かったあの瞬間を。

あんな想いを、二度と味あわない為にも。

「守るよ」

きっと、今度こそ、絶対。

「…あんた、今日はいつにも増して支離滅裂ね」
「そうだね」

へにょんと、意識して頬を緩める。

「言っとくけどね、そうそう危険な目になんてあうわけないでしょ?あたしだって自分が一番可愛いし、危ないこととか嫌いだし、痛いの苦手だし…」
「そうだねー」

どこまでも優しいこの少女、僕が総てをかけて守らなければいけない存在。それはもう使命ではなく、ただの僕の身勝手なワガママとなってしまった。彼女と共にありたい。一分でも、一秒でも永く。そう願うようになったのは、一体いつからだろう。

最初は確かに罪ほろぼしだったのだ。僕の犯した罪。カレンの死。それを少しでも償いたいがために得た僕の使命。それが“ルーシィ・ハートフィリア”の加護。

「…ルーシィ」
「ん?」
「お嫁にはまだまだいかないよね?」
「何の話よ!!?」

―――本当に、いつから…。

「僕、そんな日が来たら泣いちゃうかも」
「今泣くなー!!!??」



ねえ、ルーシィ。君に救われたこの命。君を救えなかったこの命。これからは誠心誠意、君のためだけに使わせてもらうよ。



だから君は、これからも、いつだって。



―――僕の隣で笑ってくれ。




【END】
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