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□おやすみなさい
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目を開けて、一番最初に見えたのは淡い水色のハンカチだった。ひんやりと冷えたそれが自分の頬を撫でる感触に、思わずうっとりと目を細める。
「スティング様?」
りんと、鈴を転がしたかのような声を耳に、そこでようやく意識が覚醒した。
焦点をあわせて、そのハンカチの持ち主がユキノであることを理解した途端、とんでもない羞恥心に襲われる。
「随分うなされていたようですが」
「なんでもねーよ。余計なことをするな」
押し当てられていたハンカチを払いのけ、半ば八つ当たりのように冷たく吐き捨てた。女一人に気遣われるような自分が酷く腹立たしい。ガシガシと無造作に頭を掻いて、自分の肩に覚えのない上着がかかっていることに気付く。
…いや。
「これ、アンタのか」
ローグとは対極にある、白を基調としたソレは、懐かしい記憶を掘り起こす。
白い羽毛が、ふわふわと首筋に当たりくすぐったい。この感覚を、オレは遠い昔に知っているような気がした。
「はい。申し訳ございません」
「は?何が…」
「余計なお世話だったかと」
馬鹿正直に謝るユキノは、うちのギルドの中では珍しいくらいに殊勝なタイプだ。普段のスティングであるならば、確かに余計なお世話だと上着を突き返しているところなのだが。
「いや…、悪かったな」
夢の内容もあいまって、懐かしい記憶がスティングのそんな行動を咎めた。そうすると、先程冷たく当たってしまったことも何だか申し訳なく思ってしまい、気まずい沈黙が二人の間に落ちる。
「嫌な夢でも見ましたか?」
「ア?」
「っ、すみません」
思わず口をついて出てしまったのだろう。慌てて口元を抑えるユキノに、ふっと溜め息をつく。
「いい、気にすんな。」
けど。
「これ以上、余計な詮索もするな」
「…はい。申し訳ございません」
全くの無表情で頭を下げるユキノに、感情の起伏は見られない。冷たくあしらわれたことに、傷付いた様子も、苛立ちを見せる様子もなく、ただ無感情な瞳が自分を静かに見つめ返す。
ユキノという女を、知らなかったわけではない。だがこんなにも、表情の機微が少ない女だっただろうか。思えば、こいつがどういう経緯でうちのギルドに入ったのかも、いつからここに居たのかも自分はよく覚えていない。興味すらなかったように思える。
それなのに、なんだってこんなオレに構うんだか。
「スティング」
耳によく馴染んだ低い声音。発生源など振り向かずとも分かる。
「おー、ローグ」
「まだギルドに居たのか。帰るぞ、レクターが心配している」
その名前に、知らず心が弾む。オレにとってはかけがえのない友であり、仲間であり、家族のような存在。ローグにとってのフロッシュのように、奴だけはオレにとっての“特別”だ。強者も弱者も関係なく、自分の傍に置いておくことを許した唯一の仲間。
「レクターは?」
「フロッシュと一緒に家に待たせてある」
「ふうん」
んじゃ、早いとこ帰っか。
重い腰を持ち上げて、肩にかかったままの上着をグイッとユキノの胸に押し返す。それをしっかりと受け取ったのを確認し、無言で彼女の隣を横切った。訝しげなローグの瞳と視線が絡む。
「何かあったのか?」
「いんや、なんにも」
そう答えたにも関わらず、ローグはユキノを見つめたまま足を動かそうとはしない。一瞬の沈黙の後…。
「すまなかった」
……なんでお前が謝るんだよ。
釈然としない気持ちで、唇を尖らせる。ユキノがとんでもないと言わんばかりに首を振るのを確認して、二人はギルドをあとにした。
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