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□甘党
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ふわり、ふわり、パラリ。

膝の上で眠るロキの頭を撫でながら、片手は読みかけのページを捲っていく。内容なんてものはほとんど頭に入ってこなくて、視線はついつい安らかなロキの寝顔へと移る。いつもは彼の目を覆い隠しているサングラスも、今はテーブルの上だ。あたしが、さっき、こっそりと外しておいた。

別に悪いことをしているわけではないのに、サングラスを外す瞬間、わけもなく胸が高鳴った。

目、開けてほしい。でも、まだ寝顔も見ていたい。そんな葛藤に苛まれながら、ふわふわと触れるか触れないかの手付きで彼の髪を梳くように撫でる。

ロキは、まだ目覚める様子はない。

―――その瞬間。

「あっれー?ルーシィ、そんな隅っこでなぁにしてんのー」

どっかりと、目の前を塞ぐ大きな酒樽。その向こうでは、既に出来上がった様子のカナが上機嫌に笑っていた。

「カ、カナ…!」

ひやりとしたものを背中に感じながら、慌てて人差し指をたてる。

(シーッ、シーッ!)

伝わったのか伝わっていないのか、不思議そうに首を傾げるカナに、ルーシィはちょんちょんと膝の上を指差した。向こう側からは角度的に見えなかったのだろう。身を乗りだしたカナは、その存在を認めて驚いたように目を見張る。

「ロキ?え、なにコイツ、寝てんの?」
「そ。だから静かにね」

ルーシィの言葉に頷きながらも、カナはロキの寝顔を物珍しそうに眺めた。

物珍しそう、ではない。珍しいのだ。カナの知る限り、ロキが人前で眠ることなんてこれまで一度としてなかった。

「こいつって寝るんだー…」
「……そりゃ寝るでしょうよ」
「あー違う違う。そういう意味じゃなくってさ」

ルーシィの微妙な反応に、カナはからからと持ち前の明るさで笑い飛ばす。星霊だから、珍しいのではない。少なくとも、カナはそう言った意味合いで言ったつもりはないし、仲間を星霊だの人間だのと区別する考え自体、馬鹿馬鹿しいと思っている。

そうではなく“ロキ”だから、珍しいのだ。

「私さ、ロキとは付き合い長いし、仕事もよく一緒に行くんだけど、コイツが寝てるとこなんか一度も見たことないよ」

意外な言葉に、目を丸くする。

気が付けばいつも、ルーシィの手持ちの鍵からは獅子宮の鍵だけが姿を消していた。蓋を開けてみればカナと共に仕事に行った、なんて事はざらである。その中には勿論、日帰りでは済まない依頼もあって。

多分、誰より、彼と一番親しい人間はカナなのではないか。そう思ってはムシャクシャしていた事もあったというのに。

「へらへらしてる割に、警戒心は人一倍強いのよねー」

ぐびりと、酒を呷りながら感慨深げに呟くカナ。

「えっと…、カナとロキって、チーム…なのよね?」

ずっと、気にかかっていた疑問。もしかしたら恋愛関係にあるのではないか。単刀直入に切り出すには、少しばかり勇気が足りなかった。

「んー…、チームっていうかコンビっていうかー…、なんだろ?別に今日からチームを組みましょーなんて言ってなったわけでもないし」
「…へえー」

そんな形もあるのか、と納得する。

自分の場合、始まりはナツからの勧誘であった。そこにエルザとグレイが加わり、そしてウェンディが加わった。そのどれもが、言葉から始まっている。大事な、大切なことだから、口にしてきた言葉。あたしの大好きで騒がしい、チームメイト。

「ほら、私ってギルダーツのことで一時期すんごい落ち込んでたのね。そりゃもう、やさぐれて?自暴自棄?酒に溺れて、見るに耐えないってゆーの?」

あ、それは今もかー。なんて笑いながら新しい酒樽を開けるカナ。…彼女の飲みっぷりは、最早誰に止められるものでもないと思う。

「試験も落ちてばっかで、無茶な仕事もたくさんしたっけなぁ。一つ一つは、万全の体調ならそんなに危ないもんでもないんだけど、スケジュールとか馬鹿みたいに詰めて、それで身体も酒でボロボロでしょ?多分、一人だったら死んでた仕事もたくさんあると思う」
――――死。

その単語に、ヒュッと息を飲む。

そんなルーシィの反応を気にした様子もなく、カナは懐かしむように遠い過去に思いを馳せた。

「そんな私に毎回毎回ついてきてたのがロキってわけ」

カナの視線が、再びロキの寝顔に移る。安らかな寝息は、規則的にルーシィの膝をくすぐった。

「野宿とかする日もあったけど、こいつは毎回寝ず番してくれて。私も余裕なかったから、その時は全然気にしてなかったけど、今にして思えばロキにはたくさん助けられたんだよね」

ずくりと、胸の奥が疼く。

立ち入れない、踏み込んじゃいけない絆を、ロキとカナの間に感じた。

今、この瞬間、誰よりロキの近くにいるのは自分であるはずなのに。膝の上のロキが、酷く遠い。

「だからさ、私はアンタを尊敬してるよ」

唐突な、あまりにも突然過ぎる言葉に、ルーシィの脳内処理は追いつかなかった。パチパチと瞬きをして、カナの瞳を見つめ返す。

くすりと、ルーシィにはない色気を含んだ笑顔でカナは笑う。

「何、が?」
「そういうところがよ」

―――どこまでも自然体に、彼女はロキだけにならず私をも救ってくれた。無意識に、心から、他人が求める何かを理解しているのだ彼女は。

「私はさ、ロキには助けてもらうばっかで、なんにも返せてないし。寧ろ返し方なんて分かんなかったし」

―――返されることなんて、この男は望んでいなかったし。

「だからね、アンタは凄いよ」

―――“助け”を拒絶していたロキを、救った。手を差し伸べた。体当たりで、どこまでも飾らない言葉で。

だから、だからさ。

「変な心配とか、する必要ないわよ?」
「え」

もっと胸を張って、自信を持てばいい。それだけのことを、彼女はしたのだから。

「えっと…、カナ、よく分かんないんだけど」

困惑した様子のルーシィにプッと吹き出す。

「なははは!そっかそっかー、わっかんないかー!」

酔っ払い特有の馬鹿笑いを披露して、カナはその細腕で自分の身体の半分はある酒樽を抱え上げた。

「そんじゃまあ、あとはそこで嘘寝こいてる男に聞きな。あんたなら女一人の不安を取り除くくらい簡単なことだろー?」
「え!?」

驚いて膝を見下ろすと、どこか複雑そうな顔をしたロキと目があった。

待ち望んでいた深緑の瞳と視線が絡んで、頬が熱くなる。

去っていくカナの軽やかな足音。周りの雑音。全てが遠い。

「微妙に人聞きが悪いんだよなー、カナの言い方は」
「ロキ、あ、あんた、いつから…!」

独り言めいたロキの呟きも耳に入らないくらい狼狽する。

そんなルーシィの反応に、ロキはひっそりと苦笑した。

「カナの声、大きいから」

つまりは、最初からである。

ロキの至り知らぬところで詮索めいたことをしてしまったことを、ルーシィは今更ながら恥じた。そしてそれを本人に知られてしまい、最早逃げ出したい気持ちだ。



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