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□…アイシテル
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「ルーシィ」
まるで壊れた音声魔水晶のようだ。
「ルーシィ、ルーシィ」
勝手に人の部屋に出てきて、勝手に居座って、勝手に自分に纏わりついてくる。何度も呼ばれる自分の名前ですら、繰り返し繰り返し紡がれる内に、意味のない単語のように思えてきた。
「…ルーシィ」
べたべたべたー。そんな擬音がつきそうなくらい、どこに行くにもひっつき回ってくるロキの存在はハッキリ言って少しいやかなりウザい。
コーヒーを淹れにいく時も、新しい本を取りにいく時も、トイレに行く時も(これは流石に蹴り飛ばした)ずーっと一緒。離そうという意志すら感じられない。
ずーっと待ち望んでいた大好きな作家の新作小説。今はこれを読むことだけに意識を集中させたいというのに、これではそれもままならない。
自分の集中力は悪くない方だと思う。こと本に関しては特別に高い。だからこそ今の今まで我慢してきたわけだけれど。
「ロキ!あんたねぇ…!」
「ルーシィ。僕のこと、嫌い?」
「いいかげ…ん、に……………は?」
ぽかんと、開いた口が塞がらないとはこのことか。
溜めていた怒りを爆発させようと発した言葉は、ロキの問いかけによって意味のないものになってしまった。
……何を言い出すんだこのバカ星霊は。
そう突っ返してやりたかったけど、当の本人にふざけている様子は全く見られず。
「……嫌いなわけ、ないでしょ」
当たり前のことを聞かないでほしい。
そう思いながらも、言葉を欲する気持ちが分からないわけでもなくて。
(…子どもみたい)
大きな、大きな、子ども。
パタンと、本を閉じる。大好きで、読みたくて堪らなかった本だけれど、仕方ないではないか。それ以上に大好きな星霊が、あたしを待っているのだから。
ん、と両手を広げると、目の前のロキは不思議そうに首を傾げてみせた。
もう一度、腕を広げる。今度は伝わったのか、彼は泣き笑いのような複雑な笑みを浮かべて、ぽすんとあたしの胸に収まった。
「大好きよ、ロキ、大好き」
子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと語りかける。実際、彼は子どもだった。孤独に怯え、いつだって愛に飢えている。
それほど、彼の3年という月日は、重く大きかったのだ。自分が星霊という存在であることすら欺いて、愚痴も弱音も許されず、人間界の魔法なんて不慣れだったろうにそれさえも使いこなして、笑い続けていた。笑って、笑って、笑って、ギルドに居る彼はいつだって笑顔だった。あたし――星霊魔導師――に見せる怯えたような顔だけを除いて。
「…………愛してる」
ぎゅうっと腕に力を込める。
「……………。」
「……………。」
うん、流石に恥ずかしかった。
無言の時間が辛い。このまま星霊界に帰ってくれないかしら、なんて理不尽なことを考える。
「……変なの」
「はあ?」
失礼極まりないロキの発言に、ぴくりと眉を顰める。今なんつったこのバカ星霊。
「…アイシテル」
「……」
「アイシテルだって。ルーシィが僕に。はは、何だか変だよソレ」
「う、うううううるさい!!」
あははは、と、まるで爆笑するような勢いで笑い続けるロキに頬が熱くなる。
もう言わない絶対言わないこんな奴知るもんか!!
ごちんと、彼の頭頂部に肘を落として背を向ける。閉じた本を再び開いて意識をそれに集中させた。そうしないと、どうにかなってしまいそうだった。
「……ルーシィ。今のは冗談抜きで痛かった」
「自業自得でしょ」
煙のくすぶる頭頂部を撫でながら、むくりと起き上がるロキは痛みに顔を歪めながらもどこか嬉しそうで。
(何よ何よ何よ…!)
腹がたつったらありゃしない。
「変、だね」
「っ!!」
まだ言うか!
怒りをそのまま拳に込めて、腕を振り上げる。その拳が一直線にロキに落ちようとしたところで。
「なんだか、変な気分」
ピタリと、その動きが止まった。不格好な体勢のまま、彼の端正な顔を見上げる。
(ほんっと、なんなのよ……)
嬉しそうに、まるでこの世の幸せを全部独り占めしたかのような顔で笑うロキに言葉を失った。
「……そういう時は、変じゃなくて嬉しいって言いなさいよ」
「んー、そっか」
なんで、こんな事まで教えなければいけないのか。オーナーは親じゃないんだからね。分かってんのかしらホント。
ぽすんと、今度はあたしがロキの腕の中に収まる。
あたしだって、まだまだ子どもなんだから。分からないことだって、たくさんあるんだから。……受け止めてほしい時だってあるんだから。
「ねえルーシィ」
ロキの長い指が、サラリとルーシィの髪を梳く。
「デートがしたいな」
「………すれば?」
「ルーシィ“と”デートがしたい」
「っ!」
なんて事を言ってくれるんだこのバカ星霊(本日3回目)は。
真っ赤に染まりきっただろう己の顔を隠して、ルーシィは慣れ親しんだ鍵束を掴んだ。
「きょ、強制閉門んん!!」
「あ」
残念そうに、それでいてどこか晴れやかな笑顔を浮かべた彼は、素直にそれに応えてくれた。光の粒子となって消える彼を見送り、ルーシィはドタバタと部屋の中を走り回った。
(き、き着替え!化粧も!!キャキャ、キャンサー呼ばなきゃ!!とびっきり可愛くしてもらって、それで、それで!…ぎゃー!何考えてんのよあたしってばー!!!)
穏やかな昼下がり。忘れ去られた本だけが、ルーシィのそんな様子を眺めていた。
【END】