short

□おかえりなさい
2ページ/3ページ




風に揺れる草が素足に当たってくすぐったい。何故だかそれが酷く腹立たしくて、足元に生える雑草を無意味に引きちぎった。意味のない行為。腹立たしいのは、こんな草花なんかじゃないのに。

ヒヤリと、冷たい感触が足元を襲う。顔を上げると、とっくに星霊界に帰っただろうと思っていた私の星霊が濡れたハンカチを私の足にあてがっていた。先程の戦闘で負った傷口が、彼のハンカチを血色に染める。こんな傷、放ってくれたっていいのに、彼はこんな時ばかり優しい。いつもなら心穏やかになれるその好意も、今ばかりは私の苛立ちを煽る。脳裏を過ぎるのは、ブロンドの艶やかな髪に琥珀色の瞳をあわせ持った可愛らしい女の子。私が召喚したレオを見て、傷付いたように歪んだその顔が脳に焼き付いて離れない。私のレオ。私の星霊を、彼女は全く違う名前で呼んだ。腹立たしいことこの上ない。

「ロキ」

ピクリと、彼の肩が跳ねる。

「あんた、そんな名前だったっけ?」
「……昔、ちょっとね」
「ふうん」

ちょっとって何?あんたが動揺するほどの呼び名が、ちょっとで済まされることなの?そう問い詰めてやりたいのに、彼のオーラが私の追求を拒絶する。けれど、拒絶されることに慣れている私にとっては、そんな無言の威圧は無いにも等しい。

「あの子、あんたの前オーナーか何か?」
「…違う」
「じゃあ何?」
「………、これ、早く帰って治療した方がいいんじゃないかな」
「レオ!!」

気怠げな緑の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。笑ったら幼いその顔立ちも、笑みを無くすと途端に鋭い印象になるから不思議だ。ずっと笑っていてほしいのに、私だって、ずっと笑っていたいのに、一度湧き上がった疑問はそう簡単に静まってはくれない。過去の詮索ほど、意味の無いことはない。分かっている。終わったことを気にするなんて愚かにも程がある。分かっている。分かっているのに。

「なんで……、泣きそうな顔してんのよぉ」

分かっているからこそ、過去に雁字搦めに絡まれた目の前の男が腹立たしくてならないのだ。

「…前オーナーの娘だよ」
「え」
「彼女。僕の前の所有者の娘。知りたかったんだろ?」

そう言われては、返す言葉が見つからない。

だけど、だったら何故?そんな答えじゃ、私の求めていた理由が分からない。

「その娘に契約破棄でもされた?」
「違うよ。そもそも契約なんてしていない」
「じゃあじゃあ、その前オーナーに破棄されたの?」
「ちが……、君、契約破棄にこだわるね」

だって、そうとしか考えられない。じゃなきゃ、あんたが傷付く理由が他に見当たらないんだもの。

困ったように笑うレオに、私は追求の手を緩めない。

「何があったの」
「何もないよ」
「嘘!」
「ほんと。何もない、…何も、無くなったんだ……」

遠い、遠い瞳をして彼は空を仰ぎ見る。透き通った青い空。彼の緑の瞳まで、その青に塗り潰されてしまいそうな程に。

「……酷い、所有者だったの?」
「まさか!」

遠慮がちな私の問いかけを、彼はあっさりと笑い飛ばした。

段々と私の眉間にも皺が寄る。まどろっこしいやりとりは苦手だ。だけど彼は話してくれる気があるのかないのか、肝心の要点は明かしてくれない。

「凄く…、素晴らしい星霊魔導師だったよ」

その人のことを語る時だけ、彼はまるで世界一の果報者のようにとろけた笑みで笑う。そんな顔は知らない。そんな顔、私にだって見せてくれたことないじゃない。ふてくされたような気持ちで膝を抱える。足の傷の出血は、いつの間にか止まっていた。

「……好きだったのね」
「え?」
「その人のこと」

何を驚くことがあるのか、意表を突かれたような彼の顔に私は首を傾げる。

話の流れとしては、間違ったことは言っていないはずだ。

「違うの?」
「いや、ううん。え、あー…うん」
「?」

何を言いよどむことがあるのか。心なしか彼の頬が朱色に染まる。本当に今日は、彼の色々な表情が見れる日だ。

「うーん…、うん。そうかもしれない」
「はあ?」
「僕は、彼女のことが好きだったのかもしれない」
「……何それ」
「じゃあ、ちょっと報告がてらルーシィのとこに行ってくるよ」
「はああ!?」

気が付くとレオの体は光に包まれていて、次の瞬間には跡形もなく消えていた。慌てて手元を確認するも、獅子宮の鍵はどこにも見当たらず。

「な、なんて勝手な星霊なの…!」

いつかの誰かと同じ言葉。レオが聞いていたなら懐かしさに笑っていたかもしれない。けれど、肝心の本人は不在。取り残された少女は悔しさに歯噛みする。このまま地団駄を踏んでしまいたいくらい腹が立つ。散々、人のことを振り回しておいて、なのに彼はどうやったって私を見てくれない。不特定多数へと向けられる優しさは、彼にとって何の意味もないのだ。

「私だって…、あんたが大好きなのに…」

みんな、みんな同じ。レオにとっては、私も“ルーシィ”の娘とやらも、みんなみんな同じ。彼がいつだって焦がれてやまないのは“ルーシィ”だけなのだ。

それでも。

「はやく帰ってきなさいよ……バーカ」

私がレオの所有者である限り、レオが私の星霊である限り、レオの帰ってくる場所は自分であると。それだけは、そのたった一つの真実だけは、揺るがないと。



――――そう、信じていたかった。



【END】
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ