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□獅子と人魚
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※本誌ネタバレ注意。アニメ派コミックス派の方はUターン推奨。





「君は、いつも損な役回りを引き受けてくれるね」

自分だけが支配するこの星で、自分以外の声がアクエリアスの聴覚を刺激する。足元の水面をパシャリと尾ひれで蹴って、アクエリアスは声の主へと振り返った。

「やあ。お邪魔してるよ」
「……勝手に入って来るな」

橙色の髪の下、軽薄な笑顔を浮かべる男に不快感も露わにして睨みつける。

そんなアクエリアスにレオはひょいっと肩を竦めて、彼女の腰掛ける岩場に寄りかかった。彼らしくない、どこか荒々しい動作にアクエリアスも何かを感じとり、視線を逸らすことでそれを黙認した。

「ルーシィが、泣いてる…」
「……」
「笑ってるけど、……泣いてる。鍵越しに伝わってくるんだよ」

アクエリアスに、その感覚を共有する術はもう無い。人間界と星霊界を繋ぐ鍵は、壊されてしまった。もう二度と、彼女の門が開くことはない。もう、二度と。

だからと言って悲観することはない。彼女は星霊界で生まれ、そして星霊界で生きていく。これからも、ずっと。人間界にこれといった愛着も未練もない。だから、興味もない。ない…、はずだ。

「私には関係ない」
「つれないなぁ…」
「お前が慰めてやればいいだろう」

間。

「……慰めて、いいのかな」
「はあ?」

見当はずれな返答に、アクエリアスは眉を顰めた。

まさかとも思うが、この男、自分に相談にでも来たと言うのだろうか。ならば選択ミスもいいところだ。こんな男の相談に乗る義理など、私にはない。

「僕は………、僕達は、ルーシィが大好きだから、好きだから、強く出れない部分がある」
「………」
「だから、慰めることのほうが、ずっとずっと簡単なんだ。」
「何が言いたい」

苛立たしげに、アクエリアスの尾ひれがゆらゆらと揺れる。

「だけど、君は違っただろう?」
「……何が」
「君は、ルーシィが好きだからこそ、ルーシィに強く当たってきた」
「ハッ」

嘲笑。底冷えするようなアクエリアスの瞳にも、レオは動じない。

……イライラする。

「誰があんな小娘っ」
「厳しく叱る人間が、ルーシィには必要だった。ルーシィはまだまだ未熟だし、感情に流されやすい部分がある。隙も多い」

実際、星霊魔導師にとって命の要とも言える鍵を今まで何度奪われてきたことか。その度に、アクエリアスはルーシィをキツく叱ってきた。それは、彼女にしか出来ない役目だった。―――いや、彼女しかしようとしなかった役目だった。

「…私を買いかぶりすぎだ」
「慰めるだけじゃ駄目だって、分かってるんだ」
「おい」
「あれが最善の道だった。だからこそ、ルーシィにはこの結末をきちんと受け止めてもらわなきゃいけない。分かってるんだけど」
「聞け」

アクエリアスの水瓶が火を噴いた。

訂正。水を噴いた。

頭から水を被ったレオは、無言でうなだれる。

「………すまない」
「分かればいい」
「…すまない」
「…………」
「すまない」
「おまえっ…」

全く話を聞いていないだろう。

ポタリと、レオの輪郭を沿って落ちた水滴が水面を打つ。垂れ下がった髪のせいで彼の表情を窺い知ることは出来ない。

「…僕だって、代償召喚術を思い付かなかったわけじゃない。だけど、言い出せなかった。口に出すことなんて…、出来なかった」

怖かった。彼女に、ルーシィに、二度と会えなくなることが。そんなこと、彼女に会えない日々なんて、考えることも出来ない。

ぽつり、ぽつりと。

懺悔のように紡がれる囁きは、アクエリアスの眉間の皺をよりいっそう深めた。

「一時の判断ミスで、主を失わないとも限らないのに……」
「落ち込むなら余所でやれ、鬱陶しい」
「…君の傍は落ち着くんだよ、ハニー」
「私はスコーピオンだけのハニーだ!!!」
「ちょ、アクエリアス、ロープ、ロープ!」

ギリギリと締め上げられた体が解放され、ふうっと息を吐く。当のアクエリアスは未だ怒りさめやらぬと言った状況だ。そろそろ大波を起こして追い返されてもおかしくはない。というか今の今までそうされなかったのが不思議なくらいだ。

「……損な役回りだなどと、思ったことはない」
「え?」
「私は、あの小娘がただ気に入らなかっただけだ」

泣き虫で、ワガママで、甘っちょろい。

所有者としては最低最悪。

だけど。

「ルーシィに言っておけ」

“友達”としては、そう悪くなかったように思える。

「今は、今だ」

失ったものを振り返るな。
今、手の中にあるものを大切にしろ。
もう二度と失いたくないのなら、それに見合う力をつけろ。
強くなれ。

その一言に、たくさんの意味を宿して。

悲観することはない。人間界には何の未練も愛着もない。自分はこれからだって星霊界で生きていくのだ。……永遠に近い時を。

ただ、少しだけ、あの小娘に会えないのは寂しいかもしれない、なんて…、そんな事を思った自分が酷く滑稽に思えた。

「……君も大概だよね」
「何がだ」
「ルーシィのこと、大好きだーって顔に書いてある」
「死にさるぁせぇえええぇえ!!!!」
「うわ、ちょ、タイムタイム!!」



【END】
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