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□はちみつミルク
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※ソラノに関するネタバレと、多大なる捏造を含んでいます。これに少しでも嫌悪される方はブラウザバック推奨。





優しくて、聡明で、いつも私を助けてくれていた姉さん。

私には誇れるものなんて何一つないけれど、―――唯一、姉と同じ銀の髪だけは密かな私の自慢だった。短く切り揃えられた髪は、一度だって伸ばしたことはない。幼い姉の顔を思い出しては、それに重ねるように髪を切り続けた。似ても似つかない。けれど鏡越し、姉の面影を探してはそれを心に刻み込んだ。忘れないよう、忘れてしまわないように。

「おまえは、妹でも何でもないゾ」

記憶に在るより、少しだけ低いアルトの声。胸元まで伸びた艶やかな銀髪。私より深いダークブラウンの瞳。目に付く相違点に頭痛を覚えた。違う、違う違う違う違う違う違う。――――違う!

「おまえを助けてやっていたのは誰だ、おまえを庇ってやっていたのは誰だ!私が、私が牢獄で苦しんでいる時、おまえは何をしていた!おまえが、おまえなんか―――――!!!!」

―――記憶は、そこで途絶えていた。

気が付けば真っ暗な部屋で一人っきり。見慣れた家具、見慣れた調度品。自分の部屋であることは理解出来たけれど、どうして自分が此処に居るのかは分からなかった。何故だか、酷く場違いな気がする。

「…あー……ッ」

なんとなく、声を出してみた。もう二度と口を利けないんじゃないかとも思ったけれど、声は問題なく声帯を震わせる。

(話せなくてもよかったのに…)

こんな、こんな役立たずな声などいらない。―――本気で、そう思えた。だって、何も言えなかった。言いたいことも、言うべきことも沢山あったはずなのに、何一つ伝えることが出来なかった。再会はあっと言う間で、別れも同等。

「ね…、さん」

その名を呼ぶ資格さえ、私には無いというのに。

(姉さん、姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん。―――ソラノ姉さん)

世界で一番、愛おしい名前。だけど彼女は、その名前すら捨てていた。新しい名、新しいギルド、新しい魔法。変化は、あまりにも残酷で。

「うわ、暗っ!」

場を切り裂くような弾んだ声に、脳が一瞬で覚醒したような感覚を覚える。

「おっまえ、明かりくらいつけろよなー」

目に眩しいブロンドの髪、だがそれよりも目を惹きつけてやまないのは、青空のような澄んだアイスブルーの瞳だ。見ているだけで胸が締め付けられる、私の大好きな空色の瞳。

唐突な来客に、ユキノは戸惑うことしか出来ない。

「スティ…グ、さま?」
「お、喋った」

軽快に、慣れた様子でスティングは部屋に上がる。何故だろう。彼がこの家に上がるのは初めてのはずなのに、とんでもないデジャヴに襲われた。―――初めて?本当に?

「買い出ししてきたけど何食いたい?つってもシチューの材料しか買ってねぇけどな」

なら、聞かなければいいのに。

状況について行くことは出来ないのに、そんな事を思った。

「喉乾いたろ。何飲む?」
「……あ、紅茶…で」
「却下。今、ミルク温めてやるよ」

…本当に、聞かなければいいのに。

家主である自分を置き去りにして、スティングは迷うことなくキッチンで料理の支度をする。そんな彼の様子をぼうっと眺めて、ユキノは唐突に重い腰を上げた。よくは分からないが、このままお客人である彼を一人立たせてはいけないことだけは分かった。そう気付くまで、暫くの時間を要したことに疑問を覚える。

「あ」

至って普通に踏み込んだはずの足は、いとも容易くバランスを崩した。

「危ねぇなおい」
「・・・・・・」

ふわりと、ユキノの体がスティングの腕の中に収まる。

「…すみ、ませ」

目を白黒とさせながら、ユキノは自分の足を見下ろした。何故だか全く力が入る気がしない。そのままストンとベッドの上に戻される。

「ほら、落とすなよ」

ユキノを支えた手とは別の手で、持っていたマグカップを差し出す。それを両手でしっかりと受け取ったのを確認して、スティングは再びキッチンへと戻った。

そんなスティングの背中をじっと見送って、ユキノはゆっくりと湯気のたつカップに口をつけた。温められたミルクが喉を通って、体を芯から暖める。

「…ありがとう」

蚊の鳴くような、とはよく言ったもので。もしやそれよりもか細いのではないかと思えるくらい小さな、―――とても小さな声で感謝の言葉を囁いた。確証はないけれど、彼はそれをきちんと拾ってくれたと思う。

「っ……」

ポタリと、落ちた雫がカップに落ちて白い波紋を作る。喉が引きつるような感覚を覚えて、ゆっくりと深呼吸をした。気取られてはいけない。これ以上、甘えていいはずがない。自分にそう言い聞かせて、涙と一緒にミルクを飲み下す。

まろやかな舌触りの中に、甘い蜂蜜の風味を見つけて、思わず口元が綻んだ。

「……甘い」

―――どこまでも私に甘い。甘いだけの人。

そんな人に囲まれて、ぬくぬくと生き残った私に、何が言えただろうか。立ち去る彼女の背中を追えなかったのは、きっとそういう事だ。何も出来ない。何も言えない。―――私には、何もない。

強くなりたかった。強く在りたかった。

何も出来ない自分が嫌で。もう二度と、一人で逃げ出すことなどしたくなくて。

剣咬の虎に入ったのも、それが理由だったように思う。今となってはどうでもいいことだけれど、最初はそうだった。私も、スティング様やマスタージエンマと同じ。己の“強さ”を誇示したかったのだ。弱い自分が嫌いで、何も出来ない自分など見たくなくて。―――だから、フィオーレ1と謳われる剣咬の虎に憧れた。

だけど私は、今も弱いままで。



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