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□愛されて幸せ
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「…定例会はどうされたんですか?」
「予定より早く終わって昨日帰ってきた」
「昨日……」
「ああ。お前が仕事に向かったすぐ後かな?ちょうど入れ違いだったな」
「…そう…ですね」
二人並んで帰路を歩くスティングの手には、本来ならユキノが持つべきはずの荷物がある。なんだかそれが忍びなくて、でも迎えにきてくれたことがちょっぴり嬉しくて、ユキノは困ったように笑った。
「怪我ってこれだけ?」
「え、あ…!」
気付いた時には遅かった。素早い動作で私の手を取った彼は、見せつけるようにその手を目前でプラプラと振る。
「………すみません」
「一応悪いとは思ってんのな」
「すみません」
ちくちくと彼の嫌味が肌に突き刺さる。罪悪感はもちろんあって、それが怪我をしたことに対してなのか、それとも約束を反意にしたからなのかは分からない。ただ、その両方に彼が怒っているのだということは分かる。
あからさまに肩を落とすユキノに、スティングは喉の先まで出かけた言葉を飲み込んで、代わりに深い溜め息をついた。
「………心配、したんだ」
その言葉に、ハッと息を詰める。
顔を上げると、どこか苦々しい表情で明後日の方を見るスティングの顔があった。
「結構…、すごく、心配した……」
「はい……っ」
「怒ってやろうと思ってたんだけど…」
おまえって狡いよな…。ポツリと小さな呟きが落ちる。
じんっと目頭が熱くなって、酷くいたたまれない気持ちになりながらも、言葉にならない幸福感が体を満たしていくのが分かった。
「ごめんなさい…」
「ん」
「あと、迎えに来てくれてありがとうございます」
「うん」
「荷物も、持っていただいて…」
「いーよ別に」
「それと……」
「ん?」
ポカポカと、春のような陽気に包まれる。夏も終わり、もうじき秋だというのにおかしな話だ。
「ただいま」
酷く違和感のあるセリフだと思った。
何年も昔に置き忘れたものを思い出した気分である。
何も言わない彼。途端に、不安が胸を巣くう。そうしていると、脈絡もなくキュッと手を絡み取られた。指が一本一本絡み合って、肌と肌が擦れあう感覚に傷口が痛む。
「っ……」
「おかえり」
額をつきあわせて、内緒話をするかのように囁かれる。吐息が唇に触れて、ピクリと肩が跳ねた。
春の陽気なんてとんだ嘘。発火してしまうんじゃないかと思うくらいに体が熱く火照る。
はくり、酸素を求めるように口を開いた。隔てるものなど何もないというのに酷く息苦しい。
空色の瞳に自分が映るのを見て、キュッと心臓が縮んだ。私の瞳にも同じように彼が映っているのだろうか、なんて当たり前のことを考える。
「ん……」
自然と、まるでそうなる事が当然のように唇が触れ合う。鼻を抜ける甘い声に、耳を塞ぎたくなった。彼とのこういった行為は初めてではないけれど、何度やっても慣れるものではない。それとも、いつか慣れる日が来るのだろうか。
「…はっ……」
求めているのは酸素か彼の唇か。分からなくなるくらい脳がとろとろと溶けていく。道端で、しかもギルドから遠くないこんな場所で一体何をやっているのだろうと思わなくはない。後でこのことを思い出したなら消えてしまいたくなる程の羞恥心に襲われるのだろうということも分かっている。それでも、こうなってしまってはユキノには彼だけなのだ。彼で、彼のことだけで構成される世界。スティングのことしか、考えられなくなってしまう。
「も…、おこってません?」
「……最初から怒ってねぇよ」
「うそ」
唇を触れ合わせながら、ひそひそと会話が続く。
くすぐったい。それでも、離そうなんて気は起きなかったけれど。
「言ったろ。心配してただけだって」
「……すてぃんぐさまって過保護」
「そうか?」
「とっても」
「そうかもな」
自覚は少なからずあるのだろう。肯定の意味で頷く彼に、胸が弾む。大切にされている。そう実感できるこの瞬間がユキノはたまらなく好きだ。
「……いつもそれぐらい自信のある顔してくれりゃあいいのにな」
ポツリ、あまりにも小さな呟きは誰に拾われることもなく空気に溶ける。
不思議そうに目を瞬かせる彼女に、スティングは小さく笑ってその身を離した。
「…っし。帰るかあ」
途端に夢心地だったユキノの顔が現実へと返る。カッカッと瞬間湯沸かし器のように赤面した彼女は周りの視線から逃れるように顔を伏せた。
スティングにとっては酷く今更な行為である。
「あ、そうだ。ちょっと寄り道していいか?フロッシュからお土産頼まれててさー。商店街にあるたい焼き屋なんだけど最近レクターの奴もハマってんだよなー。あ、おまえ和菓子とか平気?つってもあそこは種類豊富だから餡以外にもクリームとかチーズもあって、あとは」
「……もーなんでもいいです」
「じゃあ全種類買ってみっかー」
あっという間に日常に戻っていく彼にちょっぴり悔しさを滲ませて、意趣返しのつもりで繋いだままの手を力強く握ってみた。
「どうした?」
「……っ、なんでもないです」
結果、自分の傷口を広げる羽目になったユキノは盛大な溜め息をついて、諦めるように彼の腕に額をこすりつけた。
*end*