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□一ヶ月
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自分の知る“マスター”とは、絶対的であり強者そのものであった。弱者は切り捨てられて然るべき。その方針に疑問を抱いたことなど、ただの一度も無かったし、寧ろそうあるべきだとその考えに同調さえしていた。全ては過去形であり、今この瞬間にそんな事を思い出したのは、目の前に居る“マスター”が自分の知る“マスター”とは対極の存在であるからだろうか。比べることさえおこがましいと思うのに、比べずにはいられない。

マスタージエンマという人物は、それこそ大きな人だった。存在感も、威圧感も、掲げる思想でさえも。

だけれど目の前に居る人物は違う。身長なんて自分の三分の一にも満たないというのに、ジエンマとは比べ物にならない何かを感じた。小さな体に似合わない巨大な存在感。だがそれは、誰かを押し潰すためのものではない。誰かを受け入れるためのものだ。

この人は、今まで一体どれほどのものを抱えてきたのだろうか。いや、今この瞬間にも、彼は様々なものを背負っているのだろう。

―――これが、妖精の尻尾のマスター。これが、ナツさんの…。

「まずはマスター就任おめでとさん」

なんとも軽い物言いに、スティングはどう返したものかと思い悩んで。

「…ありがとうございます」

そう一言返すのが、やっとだった。

そもそも、マスターの称号自体、スティングが望んで手に入れたものではなく、おめでたい事なのかもよく分からないといった現状だ。

果たして本当に自分がマスターでよいのか。そんな思いが今も胸の内でくすぶっている。

「……その後、剣咬の虎はどうじゃ?」
「はい。なんとか……持ち直してはいます」

マスタージエンマとお嬢の失踪後、ギルドの雰囲気はすっかりと変わってしまった。それは良い意味でも、悪い意味でも…。

ジエンマの方針は恐怖政治に近いものがあり、中にはそんなギルドに辟易していた者もいたようで、そういった連中に今回の一件は良い影響を与えたようである。だがしかし、ジエンマを恐れながらも敬愛していた者は少なくはない。かつての自分がそうであったように、強さこそが至上。その思想はギルドのメンバーに深く根付いていた。

「色々と噂は聞いておるが……、ユキノ、と言ったかのう。あの子はどうした?」
「ユキノ、ですか」

その名に、知らず肩の力が抜ける。眩しいほどに真っ白な彼女の存在が、今のセイバーにどれだけの救いをもたらしているだろう。彼女の放つ穏やかな雰囲気が好きだ。素直にそう認められる自分にくすぐったい想いを抱きながら、痒くもないうなじを掻く。

「うちの看板娘が随分と気にかけておってのう」
「はあ……。まあ、元気にやってますよ」
「ふむ」

情けない話、今ではユキノに助けられていることの方が多い。―――今でも、時々思い出すことがある。あの日、王室でのパーティー、ユキノを巡っての乱闘、自分の手をとってくれた小さな手。あの日から、自分という存在を形成する全てのものが変わった。

(あー…)

ダメだ。思い出してしまうと駄目になる。会いたくて、今すぐ顔が見たくて、抱き締めたくて…、どうにかなってしまいそうだ。

(どうかしてるぜ…)

自分はこんなにも堪え性のない男であっただろうか。

そんな自分自身に嘲笑して、

「で。本題は何です?」

ピリリ、と空気が変わったのが分かる。

ギルドのことも、ユキノのことも、勿論気にはかけてくれているだろうが、本当の狙いはそんな事ではないはずだ。

「…ローグ・チェーニのことは知っとるな」
「未来から来たって奴の方でしょう?ユキノから報告は受けてますが…」

ユキノも、一目見ただけだと言ってそれについては大した情報は得られなかった。

「オレは、…そのローグとやらをお目にかかることはなかったんで、未だに信じられませんけど…」

ドラゴンを操る秘術、操竜魔法。ユキノから聞いた話に、そんな単語が出て来たことを思い出す。スティングとて、滅竜魔法に関してはそれなりに勉強を重ねてきたつもりではあるが、そんな魔法は聞いたこともなかった。恐らくは、ローグ自身が編み出したであろう創作魔法なのだろう。

他者を操る魔法というのは他にもいくつか存在している。だが魔法を作り出すというのは一朝一夕で出来ることではない。対象が違えば魔法式も大いに変わる。ローグの使う操竜魔法は竜個人の意志を持ちながらローグの操り人と化していた。

(でもアクノロギアには効かねーとかなんとか言ってたっけ)

つくづく面倒な存在だな、アクノロギアっつーのは。

「ナツの話によると、ローグは白竜…、お前さんの力も併せ持っていたそうじゃ」
「……白影竜、ですか」

それ自体が、特に珍しいとは思わない。滅竜魔導士は相手の魔力を食らうことでその者の性質を真似ることが出来る。だがそれは一種の賭けに近い。己の属性に見合わぬものを食らえば、暴発し自爆することもあり得る危険な賭け。オレでさえ、試したことは一度もない。リスクが大きすぎるが故に、実戦で使うのはあまりにも無謀だ。だが、それが不可能でないことは、ナツさんの“雷炎竜”とガジルさんの“鉄影竜”によって証明されている。

そしてここに来てローグの“白影竜”とくれば。

「ローグはお前さんを殺して、その力を得たと、そう言ったそうじゃよ」
「…はあ」

まあ、…そうだろうな、なんて納得。

ドラゴンを操り世界を支配しようとした男が、自分以外の滅竜魔導師を生かしておくとは考えづらい。それはもう、予測出来たことである。

「別に未来のローグがオレを殺したとか、世界を支配しようとしたとか、そんな事はどうでもいいんです。…オレにとってはね」
「………」

重い沈黙。

分かっている。事態は、そんな言葉ひとつで片付けられるものではない。

「……ローグを、殺しますか?」

黒曜石のような瞳と、視線が絡まる。息をするのも忘れそうなほどの緊張感。

これで首を縦に振られてしまえば、自分はどうするのだろうか。どう、してしまうのだろうか。

永遠とも、一瞬ともつかない沈黙の後、マスター・マカロフは重い溜め息を洩らした。

「…そんな事はせんよ。未来はともかく、今のローグには何の罪もありゃぁせん」

―――だが。

続く言葉に、スティングは全神経を集中させて耳をすませた。

「ローグが、闇に囚われておることは事実じゃ。大会で、ガジルとの戦闘時にワシはその片鱗を見た。…お前さんに、ローグを、あやつを止めることは出来るか?」
「……是が非でも、ってやつでしょ。イエス以外の返答なんて、オレには持ち合わせていませんよ」

あいつが闇に囚われているのであれば、その闇は、オレが、ユキノが、フロッシュが。

「止めてみせます」

…オレが、レクターに、ナツさんに…光を貰ったように。周りの人間がローグを放っておくはずなどないのだから。

「ならば、ローグの件はお前に一任しよう。」

その言葉に、スティングは深々と頭を下げた。



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