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□結婚前夜
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「じゃあ質問を変えましょっか」
「は?」
「スティング様はどうして私と結婚しようと思ったんですか?」
「……………」
それを聞くのかよ!?
先程までの思考が一瞬で吹っ飛ぶ。こめかみを嫌な汗が流れていくのが分かった。ホント勘弁してくれ…。
「おま、知ってんだろ!?オレがそーゆー…、改まってとか苦手なの、知ってるよな!?」
「はい。でも前は言ってくれましたよね?」
「前は、その……おまえが口で言わねーと分かんねえ奴だったから…」
「じゃあ今も分かりません」
「思いっきり嘘だよな!?」
「スティング様」
「………マジか」
「大マジです」
逃げられないことを悟って、頭を掻く。女っていうのは何故にこうも言葉を求めたがるのか。いやオレもあんま人のこと言えないけどさ。
「あー…だから、さ……一緒に居たいとか、そういうのを形にするとして、…結婚っつーのが一番しっくりきたってゆーか…」
「………」
「朝起きて、そこに居んのがレクターだけじゃねえのって、なんかこう…変な感じがして……、これがずっと続くのも悪くねえかなって…」
「………………」
「そう思ったら、やっぱりおまえって“特別”なんだなって……。結婚を軽んじてるわけじゃねぇけど、やっぱりソレは付属品みたいなものっつーか……一緒に居られる形が結婚なら、それはそれでいんだけど…別に名前に拘る必要もねーし」
言いながら、とてつもない違和感に襲われる。自分の気持ちの半分も伝えられた気がしない。そもそもスティングにとって“結婚”とはあまりにも現実味に欠けた言葉だ。両親の顔など覚えてもいない。道行く子連れの夫婦を見てもそれらは景色の一部にしか映らない。そんな自分に一体何を語れというのか。
フッと、ユキノの口から吐息が漏れる。
「……傍に居るだけなら、“友人”って形でも構わないんじゃないでしょうか」
「それはダメだ!」
「分かってますゴメンナサイ。ちょっと意地悪が過ぎました」
「〜〜〜〜っ」
なんなんだよお前は!そう罵倒してやりたいのに謝られてしまってはそれも叶わない。クソ、こいつ絶対分かってやってる。
「明日、結婚して…それですぐに何かが変わるとは私も思っていません。だけど、やっぱり私にとって…家族は特別です」
どこか遠い目をした彼女が、ポツリポツリと本音を語る。
ユキノにとっての家族。ユキノにとって絶対的な存在。知らないわけではない。そして、家族とは砂の城のように一瞬で崩れ去るものだ。少なくともオレと、ユキノにとってはそうだったであろう。
(だから、かな……。あんまり家族って言葉を特別視したくねぇのは)
我ながら女々しい。
「私、ここ最近はずっと幸せな事ばかり起こってるんです」
一転、明るく声を張るユキノに首を傾げる。白い頬は紅潮し、榛色の瞳はキラキラと輝いていた。
「だからですかね?地に足がついてないっていうか……、落ち着きがないの、自分でも自覚してるんです」
「……うん?」
「全部、ぜーんぶスティング様のせいですよ?」
クスクスと、鈴を転がすような笑い声が心地よく耳に響く。ユキノと同様、いやそれ以上にスティングの頬が熱を持った。
「……それってすっげー殺し文句」
ああクッソ。そんな事を言われてしまっては、オレまで眠れなくなってしまうではないか。
*end*