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□自分本位な恋愛感情
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「ローグ様」

イライラする。

綿菓子のような甘い彼女のソプラノは耳に心地良く、スティングも好んで耳を傾けることが多かった。だが、ここ最近の彼は敢えてソレをシャットアウトするように周りの雑音に耳を傾ける。正直これをすると人より聴覚が発達している自分達ドラゴンスレイヤーは必要以上の音を拾って気分が悪くなるのだが、それも厭わないほど今は彼女の声が腹立たしかった。

―――いや、気に食わないのはアイツの声などではなく。

「コレなんてどうでしょう」
「ああ。悪くないんじゃないか」
「じゃあ次のお仕事はこのクエストで決定ですね」

チッと舌打ちをして、グラスを傾ける。

「ね、ローグ様」

アイツがローグの名を呼ぶ度に、その笑顔がローグに向けられる度に、ドロリとしたどす黒い感情が溢れ出して止まらない。どれだけ耳を閉ざしても、どれだけ注意を逸らしても、オレの耳は無意識にその声を拾う。無意識にその笑顔を追う。苛立ちは増して、もう自分ではどうしようもない。

「随分と機嫌が悪そうだね」

それが自分に向けられたものだということは、すぐに分かった。

「…ルーファスか」
「頼まれていた資料、纏めておいたよ」

差し出された資料を無言で受け取る。不機嫌なオレに気付いて声をかけたくらいだ。それを気にした様子もなく、ルーファスはオレの隣に腰掛けた。まったく、食えない奴だ。

「…悪ぃな」
「いや、構わない。それより珍しいね。普段、こういった仕事はユキノに頼んでいただろう?」
「……………」

地雷である。

おや、とルーファスは首を傾げた。そして納得がいったと言わんばかりに一つ頷く。

「……オレが頼んでんじゃなくてアイツが勝手にやってんだよ」
「ケンカかい?」
「んなのアイツと出来るか」

あまりにも説得力の無い言葉だ。今の自分なら、相手がユキノであろうとその苛立ちをそのままぶつけてしまうかもしれない。ローグと共に居るアイツを、何度ムリヤリに引き剥がしてやろうと思ったことか。

「……もともと、仲が良かったわけでもねーしな」

皮肉混じりに吐き出した言葉は、あまりにも憎悪に満ちていた。オレとユキノの仲なんて、考えてみれば随分と希薄なものだ。同じギルドに属しながら、会話を交わしたことなんて数えるほどしかない。それに比べ、ローグは以前から仲間としてユキノを気にかけていた。もとからオレの入る隙なんてものは無かったのだ。

……それでも、ムカつくものはムカつく。自分本位なオレは、ひっそりとそんな言葉を付け足す。

「単純明快なものを曲解してしまうのは何故だろうね」
「あ?」
「いや、事実を事実として見ることを避けているからこそ、本質が見えていないのかもしれない」
「何言ってんだテメェ」

何が楽しいのかクスクスと忍び笑いをするルーファスに眉を顰める。ぶっ飛ばしてやろうかと考えて、何とか踏みとどまった。これがオルガやローグであったならば遠慮なくそうしていただろう。

「君はそれなりに聡い人間だと記憶していたけれど、私の思い違いだろうか」
「…知らねーよ」

憮然とそう答えるスティングに、ルーファスは仮面の奥の瞳をすうっと細めた。

「愛は自己への獲得である。愛は惜しみなく奪うものだ。愛せられるものは奪われてはいるが不思議なことに何物も奪われてはいない。然し愛するものは必ず奪っている」

赤い月に歌う吟遊詩人とはよく言ったものだと思う。

うんざりとした顔を隠そうともせず、スティングはルーファスを見た。言葉の意味を推し量れば、それが自分とユキノに向けられたものだということは考えずとも分かる。

「おまえ、オレを焚き付けようとしてんの?」
「名言だろう?君も一度そうしてみればいい。愛とは常に自分本位なもの。何に遠慮する必要も無い。君とユキノの間には特に、ね」
「ケッ」

随分と簡単に言ってくれるものだ。奪えるものなら、もうとっくに奪っている。

視線を映した先、頬を上気させたユキノが、ローグに淡く微笑む。随分とタイミングの悪い自分に自嘲の笑みが零れた。

あんなに好きだったユキノの笑顔が今では憎々しくて堪らない。破壊衝動にも似た禍々しい感情を一体どこに追いやればいいのか…。

結局のところ、全てに蓋をし、抑え込む方法しか知らないオレは、溢れ出す感情に気付かないフリをしてソッと目を逸らした。



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