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□言えなかったスキの言葉
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「お二人共!喧嘩をなさるなら時と場所とご自分の立場を分かってからなさってください!」

的を射たユキノの言葉に二人は憮然と押し黙る。

スティングに関してはとばっちりを受けたようなものだが、元を正せば自分で蒔いた種である。

「お嬢が大人気なく怒るから…」
「何を言う!そなたがプールなどと意味の分からんものを作るから…!」
「意味分かんなくないよ。プールだせプール。良いじゃんプール」
「妾は展望室の方が良かった!」
「うーん…。つーか、お嬢が展望室気に入ってたなんてオレ知らなかったし」

そこで視線に気付いてスティングは思わず口を噤む。色素の薄いブラウンの瞳が此方をジトリと睨めつけていた。

恐ろしいと思ったわけではない。いや、そんな顔をしても迫力の“は”の字もないという点ではある意味恐ろしいのかもしれない。

「あー……片付ける」
「……手伝います」

散らばった書類を纏めていると、彼女も怒りを収めてくれた。もともとあまり怒りを引きずるタイプでもないので当前といえば当然だが、そのことに思わず安堵する。

「……こっちの書類は駄目だな」
「こっちは大丈夫みたいです」
「大変よのう」

そんな二人の様子を、ミネルバは悠然と眺める。

「お嬢も他人事じゃないだろ…」
「こういった分野は妾には理解出来ぬ」

拾った1枚の書類をピラピラと指先で揺らしながら嘯くお嬢。やってみて出来ないことは無いだろうに…。オレ自身、分からないことの方がまだまだ多いくらいだ。

「…今更だけどさ、オレでいーの?」
「何がだ」
「マスター。お嬢が戻ってきたんだし、ホントだったらアンタの方が」
「適任だと申すか?」

その問いに、首を縦に振る。

「妾は、力で相手を支配する方法しか知らぬ」
「それは…」
「妾に出来るのはジエンマの真似事のみ」

黙々と書類を纏めていたユキノの指がピクリと震える。ユキノにとってその名は鬼門だ。彼女が唯一、あからさまな嫌悪感を露わにする名前である。

「ユキノ。これ、ボードに貼ってきてくれ」
「あ、はい…」

依頼書の束を棚から取り出して、ユキノに手渡す。どこかホッとした様子でそれを受け取ったユキノは、一礼をして執務室を出て行った。

その背中を眺めて、お嬢が感慨深く呟く。

「ユキノは変わったな…」
「まあね」
「あやつが怒るところを妾は初めて見た」
「まあ……、」
「そなたも女の尻に敷かれるようになったか」
「……」
「どちらにしても以前のユキノでは考えられぬ態度であろうな」
「……しっかりしてんだよ、意外と」

助けてやりたいのに、彼女自身一人で何でもこなすことに慣れてしまっている節がある。そんなユキノに手助けされていることの方が今では多い。暴走しがちなオレやローグのストッパー役も買ってくれている。出来過ぎた女だよなぁ…。自己主張が乏しいところが玉に瑕ではあるが。

「ユキノだけではない。ギルドも、街も、以前とは違い活気付いている。そなたにはそういったカリスマ性があったのだろう。それは妾には無いものだ」
「…そんなご大層なもんじゃないよ」

うまくいかない事だって、もちろんあった。ジエンマを妄信するあまり、ギルドを出て行った者も居る。今のセイバートゥースを否定的な目で見る奴も。

カリスマ性でいえばジエンマの方がもちろん上であろうことは、スティングが一番理解していた。

「そなた、ジエンマが戻った時もそうやってその席を素直に明け渡すつもりか?」
「…まさか」

それに。

「此処に戻ることは、あの人のプライドが許さないだろ」

大切なモノがあるからこそ、許しちゃいけない事もあるって、自分はもう学んでしまったのだから。



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