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□前
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「なーんか聞いてた情報より数多くね?」
「厄介だな…」
ザッと見回して、10…20…30…40…、とにかく数えるのも面倒くさい程のモンスターがワラワラと頂きから集まってくる。1体1体の強さは大したこともないが、その数には流石のスティングも辟易した。かと言って大技を出して一気に叩くことも出来そうにない。こんな雪山でそんな事をしてしまっては雪崩が起こるのは必至。となると残された道はただ一つ。最早流れ作業のようにモンスターを一体一体と撃破していく。
「なんかオレ飽きたー」
「我が儘言うな!」
「…へいへい」
何体目かも分からないモンスターを地面へと沈めながら、次のモンスターと対峙する。段々とローグとの距離が離れていることも分かったがあまり気にならなかった。あっちはあっちで何とかするだろう。こんなモンスターにやられるような奴じゃねぇし。
「一人相手なら何とかなると思ったかよ」
「…………」
「あれ?おまえら知能は人並みにあるんだよな?人語は分からねーか」
「………………」
「それとも…」
―――人語は口にしたくないクチか?
その問いかけに、モンスターの顔が歪む。喋れるかどうかは別として此方の言語は理解しているようだ。
『何故、人に味方する。竜の子よ』
「ああ?」
思いの外、澄んだ声。それよりも言葉の意味に眉を顰める。
「それはオレが人間だからだろうがよ。オレ達、魔導士にとっちゃおまえらなんて屁でもねぇがな、この世界にゃまだ魔力の持たねー人間の方が多いんだ。聞けばテメェら麓の人間達を襲ったそうじゃねぇか。人間に害をなす危険分子を排除すんのがオレ達魔導士ギルドに所属する人間の仕事。ま、それだけが仕事じゃねーけど今回はテメェら皆ぶっ潰してくれってのが依頼だからな。悪ぃが遠慮しねえぜ?」
そう言って構える。早いとこ決着をつけてしまおう。久々に嫌な単語を聞いたせいで、ざわざわと胸の奥が疼いた。
ザザッと、親玉らしきソイツを庇うように周りの連中がスティングを取り囲む。うぜぇ。限りなくうぜぇ。やっぱ執務室で大人しく書類仕事でもしときゃ良かった。
襲い来るモンスター達を確実に仕留めていく。胸騒ぎは一層酷くなり、頭の中で警報が鳴り響いた。脳裏に白い巨体がちらついて、どうしようもない消失感がスティングを襲う。
―――スティング。スティング・ユークリフ。
うるせえ。
―――強くあれ。
うるせえよ。
―――スティング。スティング・ユークリフ。
うるせえって…。
―――我が白竜の愛し子よ。
「うるせえっつってんだろ!!!」
ザワリ、鳥肌がたつ。背後で動く気配に、あ、ちょっとヤベェかも…なんて冷静に考える自分に少しだけ驚いた。
一撃食らう覚悟を決めて、衝撃に身を備える。だが、その衝撃はいつまで経ってもスティングを襲うことは無かった。
「……あーあ。この騒ぎでカナともはぐれちゃったし、困ったなぁ」
微塵も困ってなさそうな軽い声。雪山でその軽装はどうなんだよ、なんて自分も人のことは言えないのだけど思った。オレンジの短髪と、翠の瞳が印象的なその男。魔水晶を填めた指輪を構える奴の姿に、自分がそいつに助けられたことを知る。
「大分酔ってたみたいだし、ぶっ倒れてなきゃいいけど」
いやいや雪山で遭難する酔っ払いってなんだ。
ラフなシャツと、だぼっとした黒ズボンを穿いている割に、男の雰囲気はどこか整然としていた。今の服装が似合わないわけではないけど、パリッとした黒スーツの方が男には様になると思う。
『貴様も人ではないな』
「初対面の君に“貴様”呼ばわりされる覚えはないし、それが今この状況で何か関係があるかい?」
深いエメラルドの瞳が冷たく光る。その視線を前に、どこかで見たことがあるような…なんて場違いなことを考えた。そうでもしないとまたあの幻聴に囚われそうだったからだ。
「……トラウマっていうのかな。そういう心の一番奥底に眠る傷を引き出せるらしいよ、奴らは」
それが自分に向けられた言葉だと知り、顔を顰める。それは…、なんていうか…。
「……すっげー嫌な能力」
「同感」
こめかみに浮いた冷や汗を乱雑に拭う。ふーっと深く息を吐き出して、前方を見据えた。目の前に居るモンスター達を視界に映し、安堵する。これでバイスロギアの幻覚まで見てしまった日には、頭がおかしくなりそうだ。
『貴様…、人に飼われる愚かな種族か』
一瞬、それが誰に対しての言葉なのか分からなかった。……そういえば、さっき人じゃねぇとかなんとか。
「生憎、僕の飼い主はまともに首紐もしめてくれなくてね。おかげで快適な自由ライフを送っているよ。ちょっと寂しくなるくらい」
その言葉に顔が引きつったのはオレだけではない。
激昂したモンスター達が一斉に襲い来る。高く飛び上がって、それをかわした。案外おまえら器小せぇなオイ、という突っ込みは心の中だけに留めておいた。
モンスターを踏み台にして、地面に着地する。男も同じ行動をとっていたのか、殆ど同時に背後で鈍い音が響いた。左方向から飛びかかってきたモンスターの顔面を掴んで、地面に叩きつける。同時に発した聖なる光がモンスターの皮膚を焼いた。どうやらこの聖属性の光はモンスター達にとって毒にも等しいらしい。なんたる好都合。
全身に光を纏い、モンスター達を薙ぎ払う。殴る、蹴る、ぶん投げる。ひたすらその繰り返し。
余計なことは考えなくていい。目の前の敵をぶちのめす事だけに集中しろ。自分にそう言い聞かせる。
刹那、左腕に鋭い痛みが走る。そこには苦渋の表情を浮かべて、スティングの腕に噛みつくモンスターが居た。鋭利な牙が肌に食い込み、流れた血が真っ白な雪原を汚していく。傷の痛みなんかより、そちらの方がスティングにとっては衝撃的だった。
―――純白の身体が血で汚れていく様を、幼いオレはどんな顔で見ていたんだっけ。
ダメだ。考えるな、考えるな考えるな考えな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな。
スティングを纏う光がモンスターの口内をジュウジュウと焼いていく。なかなか根性のある…。それを冷めた目で眺めて、スティングは背後へと腕を振り上げた。
「あ」
背後で戦う男の存在を忘れていたわけではない。いや、忘れていたのかもしれない。投げ飛ばされたモンスターが男の背中に襲いかかる。刹那、背中に目でもあるのかと疑ってしまうような絶妙なタイミングで男はモンスターを遥か後方へ蹴り飛ばした。
「……へえ」
よく戦況を見ている、というよりは他人の戦い方に合わせるのが酷く上手い男だと思った。スティングなんかは我が強い上に人に合わせることがあまり得意ではない。ローグもあれで一癖も二癖もある奴だ。今の戦法に至るまで結構な時間を要した。が、この男は違う。自己主張は強いくせに初対面のスティングとの共闘をなんてことのない顔でやってみせる。それが一体どんなに難しいことか。ただ一人で強くなることとはワケが違うのだ。
振り下ろされた爪を屈んで避ける。同時に振り上げた足は、相手の顎の骨を砕いた。殆ど無意識の行動である。そうだ、戦えばいい。戦って戦って戦って、何も考えられないくらい戦いに身を費やせば、あとは楽だ。その一瞬だけは、忘れられる気がする。
それからは、ただがむしゃらに拳を振るった。―――帰ったら、“アイツ”の顔が見たいな…なんて思ったのは、気のせいでありたい……。
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