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□ブロンドのサンタクロース
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「ん、メリークリスマス」

差し出された小さな箱と、何てことの無い顔で自分を見る目の前の主にユキノはキョトンと首を傾げた。

どうやら今年のサンタさんは少しおっちょこちょいらしい。

「サンタさんは悪い子のもとには来てくれないんですよ」
「何だソレ」

くつくつと、笑い声に合わせて揺れる肩。的外れなことを言ってしまった自覚はある。彼はサンタクロースでもなければ、白いヒゲを蓄えたおじいさんでもない。ましてや自分はサンタクロースを信じる年の頃ををとうに超えてしまった。

「ユキノは悪い子なのか?」

予想外の問い返しに、息を飲んだ。

悪い子。ユキノは悪い子。ただ一回きりのサンタクロースは、二度とユキノにプレゼントを運ぶことはない。

「さあ。どうでしょうか」

空っぽの笑みを浮かべて、プレゼントを受け取る。わざわざ用意してくれたものを撥ねつけるほど、ユキノは不躾ではない。

はぐらかされたと感じたのだろうか(実際そうだが)目の前の主、スティングはピクリと端正な顔を顰めた。軽くなった掌を、無造作にユキノの頭に置く。撫でるというよりは、グリグリと押し付けるような撫で方に、ユキノは抗議の声をあげた。

「ちょ、スティング様!」
「オレはサンタじゃねーからよ」
「……存じておりますが」

だからどうしたと言わんばかりに疑問符を浮かべる。そんなユキノにスティングは鼻を鳴らした。

「良い子だろうが悪い子だろうが、贈る相手は自分で決める」

プレゼントには、贈る相手への真心が込められているのだと、昔誰かから聞いた気がする。

そうね、きっとそう。贈り物に込められた想いに気付かないほど、幼い私は愚かではなかった。優しい嘘で私を喜ばせてくれた小さなサンタクロースは、ただただ私への愛に溢れていた。大好きよ、大好きよ。私も大好き。ユキノは姉さんが大好きよ。無意識に、頭を飾る蒼のバラに触れた。変わることなく、その髪飾りはいつだってユキノの銀の髪を彩る。幼い私には少し大人っぽくて、―――今はどうだろう。これに見合う女になれただろうか。

ふにゃりと、頬を緩める。泣き出してしまいそうな笑顔に、スティングはドキリとしてその手を離した。乱れた髪を撫でながら、ユキノは片手に収まる小さな箱を胸に抱き寄せる。

「愛されていますね、私は」
「…分かってんじゃん」

返ってきた肯定の言葉に、ユキノはまた笑う。悪い子に届いた、大切な人からのクリスマスプレゼント。それを受け入れた瞬間、ユキノの心は自然と高揚する。

宝箱を開けるような気持ちで、ラッピング用の青いリボンを解いた。

「どうだ?」

緊張を滲ませた彼の声。早く応えなければと思う一方で、ユキノは無意識にほうっと息をついた。込み上げてくるこの想いをどう形容したものか。熱くなる目頭に力を込めて、緩みそうになった涙腺を引き締める。

「私には、勿体無いくらいのプレゼントです…」
「…ユキノは一々大袈裟だよな」
「だって、本当に素敵なんですもの」
「……つけてみろよ」
「はい」
「ん?」

箱から取り出したソレを、スティングに差し出す。首を傾げる彼に、ニッコリと笑ってみせた。

「つけてくださいますか?」
「……甘ったれ」

照れ隠しのように吐き出されたその言葉を、半ば開き直って受け止める。良いではないか、こんな日くらい甘えてみても。とは言っても、彼はいつだって私を甘やかしてくれるのだけど。

「どうでしょう?」

彼の手ずからつけてくれたそれを、不安げな面持ちで眺める。似合うだろうか?ほんの軽い気持ちで訊いたはずの返答が「可愛いよ」なんてストレートすぎる発言だったものだから、耐性の無いユキノは瞬時に頬を赤らめた。

「に、似合うならいいんです」
「ああ。可愛い」
「………からかってます?」
「ああ」

いたずらっ子のような笑みにつられて、ユキノの頬もゆるゆると緩む。少しだけ意地の悪いサンタクロースが届けてくれたプレゼントを、大切に胸に抱き締めた。

サンタクロースは本当は金髪なのよ。なんて、笑い話にもならない。一蹴されて終わりだろう法螺話だ。だが、ユキノにとっては何よりも真実である目の前のサンタさんに、幼い頃のユキノは何と思うだろうか。―――ねえ、姉さん。私だけのサンタクロースは、良い子だろうが悪い子だろうが、関係が無いのだって。それって、とっても贅沢な話ね?

ねえ、姉さん。アナタのところにも、サンタクロースは訪れましたか?




―――…。

「ああ、もう!」

腹立たしげな悪態に、うとうとと船を漕いでいたミッドナイト、改めマクベスの肩がピクリと跳ねた。

「うっせーな。どうしたよ、エンジェル。更年期か?」
「デリカシーの無い男はモテないゾ、コブラ」

苛立ちも相俟って冷ややかな瞳でコブラを睨む。エンジェルの手にあるのは、彼女が長年その身につけている青いリボンだ。頭に結ぶ、慣れたはずの行為が今日ばかりはうまくいかない。右が長すぎたと思えば、今度は左に偏る。その繰り返し。完璧にドツボにハマってしまっている。

「なんだ、たかがリボンかよ。つーかお前、リボンって年でもねーだろうが」
「黙れうるさい天使に喰われたいのか」
「おー、こえーこえー」

くつくつと肩を震わせるコブラを一瞥して、再びリボンを結ぶ作業に戻る。すっかり結び癖がついてしまったソレは、エンジェルが愛用してきた年月を確かに刻み込んでいた。

「そのリボン、牢に居た…イエ、私達が出会った頃からずっとつけていますね。思い出の品……デスカ?」
「…………」

キュッと、癖に合わせてリボンを結ぶ。今度こそ綺麗に揃った両脇のリボンを眺めて、エンジェルは満足げに笑った。

「嘘つきなサンタからのプレゼントだゾ」
「なんだそりゃ」
「知ってる?サンタクロースは本当は小さな女の子なんだゾ」
「………なんだそりゃ」

呆れを含んだコブラの視線にも、エンジェルは軽く笑ってかわしてみせた。これ以上は教えてやらない、エンジェルだけの大切な思い出だ。

今はもう、自分が彼女のサンタクロースになることは決してないだろうけど―――彼女だけのサンタクロースは果たして現れたのだろうか。突き抜けるような青い空を眺めて、エンジェルは嘗ての情景に想いを馳せた。泣き虫で、おっちょこちょいな可愛い女の子が自分の枕元にコソコソとプレゼントを置く様は幼心にも酷く訴えるものがあった。そんな可愛い妹が寝静まった後、隠していたプレゼントを自分も同じように彼女の枕元に置いた。翌朝、サンタさんが来てくれた、良かったね、なんて端から見れば茶番のような遣り取りを形式的に行う。本当はきっと、あの子だって分かっていたのだ。サンタの正体が何だったのか。それでも、下手くそな嘘に付き合ってくれた彼女は、自分をもその身をサンタに染めた。幼いが故に、物分かりが良すぎた私の可愛い妹。そして、そんな妹を想う綺麗な自分。穢れなんて一つも知らなかったあの頃の自分を思うと、胸の奥がジクジクと疼く。

それでも、自分にはもう、この道しかないのである。世界より、妹より、何より大切な自分を、自由を。

「行くぞ、ソラノ」
「その名で呼ぶな、ジェラール」

光を遮るように、黒いフードを被る。今だけ、今だけの我慢。

私の願い。天使のように…―――。



フードの中、青いリボンが哀しく揺れた。


*end*
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