short

□ありがとう
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「オレの親がドラゴンだってのは知ってんだろ?」
「……ハイ」

ユキノが、困ったように頷く。それもそうだろう。オレはその親を、親殺しの罪を、吹聴していたのだから。

最初は、確かに“罪”だった。幼い頃のオレは、バイスロギアが大好きで、一般的な親の温もりなど分からないけれど、オレにとってのソレは確かにバイスロギアであった。

「バイスロギアってさ、すっげー頑固なんだよな。頭の固いじーさんっつーの?父さんよりは多分そっちのがしっくりくるな、うん。オレなんてさ、怒られたことも一度や二度じゃねーぜ?笑い声なんて滅多にあげねーし、勉強はスパルタだし、なんだろ…。妥協を許してくれねーんだよ。そんで褒めてくれんのもすっげー稀。いや、多分バイスロギアなりに褒めてるつもりなんだろうけどさ、言い方が一々高圧的ってゆーか、傲慢ってゆーか」

それでも、確かな愛がそこにはあった。自分はそれに気付いていたはずだ。

あの日、運命の日。いつもの高圧的な口調で、バイスロギアはオレに命じた。

“ワシを殺せ”

嫌だと、初めてごねた。泣いて許しを請うた。バイスロギアは、決して妥協を許さない。あの日の記憶は、今でも生々しくスティングの記憶に焼き付いている。

殺したくなんてなかった。そう思っていたのは最初だけだ。その想いを抱えて生きていくには、どうしようもなく自分はバイスロギアを愛しすぎていた。

幸せな思い出はいらない。罪悪感も。

いつからか、バイスロギアに対する情をオレはかなぐり捨てた。

力が、欲しかった。強さが。それを求めて、自分はバイスロギアに近付いたのだ。それを証明するために、自分はバイスロギアを殺してやったのだ。

「発想の逆転ってゆーのかな。…ちょっと違うか。…でもさ、そう考えると、楽になったんだ…」

ドラゴンは人間に害をなす凶悪生物である。それを殺したとて、誰が自分を責められるだろう。―――誰も居なかった。あの日、ナツさんに出会うまでは。桜色の髪から覗く黒真珠に、射抜かれるまでは…。

「親を殺したんだ。本当は、責められてもいい罪なんだ。これが人間だったら、オレはとっくの昔に罪人だよ。おかしいよな?ドラゴンだったけど、確かにオレにとっては家族だったのに」

数年も経つと罪悪感なんてこれっぽっちも残っていなかった。あの時のオレは、確かにバイスロギアの殺しを受け入れていた。何がいけなかったのか、考えることさえ放棄していた。泣いて拒絶をした幼い自分のことなど、思い出すこともしなくなっていたのだ。

「オレさ、嘘吐きなんだよ。…嘘ばっかついて。そうして自分を守ってきた臆病者だ」

いつしか、嘘が真実になっていた。自分の嘘で、自分を騙し続けていた。バカみたいだと思う。それで一体何を得られてきたのか。

“強者”という言葉に執着し始めたのは、バイスロギアを殺したあの日からだ。

強さを示す為に自分を殺させたバイスロギア。それを掲げていないと、何のための血を流したのかも分からなくなりそうだったから。レクターと出会って、レクターとの約束で益々その想いは強くなった。セイバートゥースでも当然の如く強さは求められた。そうしていく内に、本当に大切なものを見落としていたのだと思う。

「オレはさ、昔の自分が嫌いだよ。昔のギルドも、間違った強さも、全部嫌いだ。だけど」

それと同時に、バイスロギアのことも大嫌いだと思うのだ。憎んでいると言ってもいい…。

「……全部、嘘だった」
「…?」
「オレはバイスロギアを殺してなかった。…笑っちゃうよな。ぜーんぶ嘘なんだ」

胸が引き裂かれるように痛かったあの想いも、押し潰されそうな罪悪感も。もうどこからどこまでが嘘なのか、自分でも分からない。

久方ぶりのバイスロギアとの会合は、本当に一瞬で。親子らしい会話も何もあったもんじゃない。―――…泣けばよかったのだろうか、ナツさんのように。嫌だと喚けばよかったのだろうか、あの小さな滅竜魔導士のように。そのどれも自分には当てはまらなくて。

ただ一言のお礼。スティングが零したのはそれだけだった。

ナツさんのように、伝えたい思い出話など自分には持ち合わせていない。思い付く言葉は、どれも恨み辛みといった罵詈雑言ばかりで。

強さなんて、幼い自分は望んでいなかった。どうして、もっと、他に、何か、あっただろうに、そうやって、アンタは、何も、分かっちゃいない、いつも、いつもだ。言葉にするのも難しい想いの渦が、グルグルと頭の中を巡る。纏まりなんてものはなかった。それ程の月日が経っていたのだ。

「頑張りましたね」

りんと、鈴を鳴らしたようなユキノの声が頭上に落ちる。



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