□いっそ突き放してくれればいいのに
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「母さん。」
「っ!」
理御が夏妃の肩に触れると、夏妃は一瞬びくりと体を震わせた。
「・・・っう、だ・・・誰、ですか・・・あなたは・・・」
夏妃は怒りなのか怯えなのか肩を震わせながら彼に問いかけた。
「さっきから言ってるじゃないですか。あなたの『息子』だと」
理御は言いながら両手を上げてにっこりと微笑んだ。
他意はなかったのだが、夏妃はその笑顔に再び体を震わせた。
「知りませんっ・・・!私はっ・・・あなたなんて知らないっ・・・!」
言うと夏妃は床に崩れ落ちた。
すると、彼女の両手首を繋ぐ鎖がじゃらりと重い音を立てた。
理御は夏妃に近付き、彼女の手を取った。
夏妃は露骨に嫌そうな顔をしながらも、大人しくしていた。
「あぁ、母さん。会いたかったです・・・会って・・・ずっと、こうして触れたかった・・・」
理御は彼女の掌に自分の頬を押し付けて微笑んだ。
それは、無邪気な少年の表情そのもので。
でも、その表情に夏妃は逆に恐怖を覚えた。
だって、彼が、彼女の愛しい家族を殺した、張本人なのだから。
「ねぇ、母さん。今までの19年分を取り戻せるくらい一緒にいましょうね。」
「な、に・・・を・・・」
理御は彼女の手を離して、彼女の唇に触れた。
「母さん。名前・・・呼んでくれませんか?」
「・・・は・・・?」
彼はそのまま立ち上がって、両手を合わせて和やかに微笑んだ。
「名・・・前・・・?」
「はい。名前❤呼んで下さい?」
夏妃は目を見開いた。恐怖によって。
なぜなら彼は、格好はそのまま、目を、悪魔やその類がそうするように歪ませたのだ。
それは、夏妃以外の人間には分からない程度の瑣末な変化。
「名前・・・あな・・・たの・・・」
「はい❤」
理御は楽しそうに無邪気に笑った。
「・・・っ」
知るわけが無い。夏妃は思った。
あんな、自分から生まれ出でたわけでもない赤ん坊の名前など。
聞いたかもしれないが覚えているわけが無かった。
少しして夏妃が黙っているのを見ると、理御はつまらなさそうな表情をした。
そして、再び夏妃の前にしゃがみこんだ。
今度は、その手に銃を持って。
「・・・―――っひ!!」
夏妃は悲鳴を上げて逃げようとした。
逃げられるわけが無いのだが。
彼女の四肢は無常なる鎖によって縛られている。
「母さん。」
彼はそう言うとまた笑って見せた。今度は、穏やかに。
それでも彼女の恐怖心が拭えるわけが無い。
「やっ、やめて下さいっ・・・」
「母さん。私、母さんと、朱志香と、父さんと4人で楽しく暮らしたいです。」
「・・・へ・・・」
夏妃は顔を上げた。
そこには、涙を流しながら悲しげに笑う、青年の顔。
「別に、金持ちじゃなくていい。むしろ、そんなもの要らない。
 あんなものがあったから・・・こんな・・・呪われてしまったんです。・・・みんな・・・」
そう言って夏妃に甘えるように擦り寄った。
「・・・リ・・・オン・・・」
彼女は彼の名前を思い出したように呟いて、彼の背中に手を置いた。
そして、
「リオン・・・ごめんなさ
            パァンッ!
「思い出してくれてアリガトウ。でも最後のは不粋かな。」
言うと彼は銃を少し弄って、自分のこめかみに当てた。
     (もしも・・・あそこで思い出さなかったら―――いや、それこそ不粋ですね)
「来世では母さんと仲良くできるかな・・・?
 あぁでも、地獄を出るのに時間を浪費しそうだ、
 母さん、私が出るまで待ってて下さいね―――・・・?」
その直後、銃声が響いて、後には、何も、

残らない。

いっそ突き放してくれればいいのに

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お題配布元
ruin〜君に託す言の葉

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