Lily*
□青春謳歌。
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銀魂高校、放課後。その屋上に、影が一つ。錆びたフェンスに寄りかかり校庭を見下ろす影は、他でもない、高杉晋助本人だった。今日は珍しく、左目に包帯を巻いている。ぎしり、と、高杉の体重を半分ほど乗せたフェンスが外側に歪んだ。しかしまたどうして、彼はこんな所にいるのか。先程「見下ろす」と云う表現を使ったが、正確には「何かを探している」と云ったほうが的確かもしれない。高杉の右目は屋上に来てからずっと、まるで何かを探しているかのように彷徨い続けていたから。校舎から出て行く生徒を目で追い、つまらなそうに息を吐く。その繰り返し。そろそろ帰ろうかと思案していた高杉の目が、ある一人の人物に釘付けになった。校舎に向かって歩いてきたのは、高杉のクラスでもある3Zの担任、銀八。煙草をくわえながら、いかにもだるそうに歩いてくる。高杉は少しだけ息を吐くと、銀八が校舎に消えるまで見送った。フェンスから身体を離して、屋上に寝転ぶ。天気はよく、時折吹く風も心地いい。その、吸い込まれそうな蒼に、目を細めた。
と、高杉が急に身体を起こす。それと同時に、屋上に続く階段の扉が開いた。
「よう、高杉。やっぱお前か」
「銀八……」
そう、やってきたのは銀八。それ以上でもそれ以下でもない。銀髪を揺らし、短くなった煙草を屋上の隅に放る。
「何しに来た、あんた」
「お前こそ、こんなとこで何してんだ」
「別に」
「先生な、煙草吸いに来たんだわ。教育委員会がうるさいもんで」
そう云って懐からまた煙草を取り出す。くわえて、火を着けようとしたところに、高杉がキスを仕掛けてきた。触れるだけの、軽い口付け。ぽとり、と、燻った煙草が足元に落ちた。
「……何のつもりだ?お前。情緒不安定か?」
銀八の言葉に、にやりと笑う。
「口寂しいならお相手してやろうかと思ってな」
「云うね、青少年」
今度は銀八から深い口付け。ぬるりとした舌の感覚に背筋が震えた。頬を紅くした高杉は、その頭を銀八の胸に摺り寄せる。心臓の音が、重なって響く。でも、でも、
このままじゃ、つまらない
不意に銀八の下を離れると、高杉はフェンスに足を掛けて飛び越え、あっという間に反対側へ行ってしまった。あっちの足場は30p前後。少しでもバランスを崩したらサヨナラ高杉くんである。
「ばっ、おま、何してんだ!」
フェンスに掴みかかると、空中に足を放って遊んでいる高杉に怒鳴った。高杉は身体を反転させて銀八と向き合うと、一言、こう告げた。
「俺をそっちに連れ戻したいんなら、どうにかして口説いてみろよ、せんせい?」
その挑戦的な笑みは、それでも見惚れてしまう程だった。三日月形の唇が、やけに色っぽい。銀八は頭をガシガシと掻くと、高杉に向き直った。早く連れ戻さないと、下にいるやつらが気付いて大騒ぎになりかねない。まずありえないことではあるが、高杉自身の身も心配である。
「……いいか、よ〜く聞いとけよ」
「ああ、聞いてるさ」
柔らかな風が屋上に吹き過ぎる。二人の視線が重なって。ほんの一瞬。時間が、止まった。
「あいしてる」
ただ、その一言。そして煙草をくわえなおす。
「だから早くこっち側に来い。成績下げるぞ」
高杉は、満足だった。銀八からその言葉が聞けただけで。気に入らない、と云った顔をしながらも、またフェンスを楽々と飛び越え、銀八の胸に収まる。重ねた唇が、少しだけ濡れていた。
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