Lily*
□豆電球
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「何してんの?」
教室の見回りがてら鍵閉めに来たら、隅っこの暗がりに高杉がいた。つうか、体丸めて体育座りしてたし目も閉じてたし寝てると思った。気配に気付いて向けられた右目が緑色に光って、猫みたい。
「アパートの鍵、なくした」
少し忌々しそうにこっちを見上げて、また体を丸める。あぁ、長い睫毛。
「探せよ」
「プレハブにある」
「んじゃあ早く――
「万斉が鍵閉めてった」
高杉は壁にもたれかかるととうとうこっちを見なくなった。早く退けって事なんだろう。
「高杉」
七分に捲ったYシャツから覗く細い腕をぐい、と掴む。小さく肩を揺らした右目と目が合った。
「お前、俺ン家来い。一泊位なら多分大丈夫だろ」
まあ汚ねぇけどな、何て云いながら頭を掻く。掴んだ腕を引っ張ろうとすると
「嫌」
割とはっきり云われた。何でだよ、と問いかける間にも、手をぶんぶん振って掴まれた腕を振り解こうとしている。俺は病原体か。
「いいから意地張ってねぇで来いって」
「放せ、よ」
バシッ、て、手ェ払われて。痛い痛い。それなのに、高杉は叩いた側のくせに、俺よりも痛そうな顔して泣きそうな顔してて。外はどんどん暗くなって。
「どーせアンタだって、俺の事手に負えなくなって直ぐ捨てんだろ?」
切れ長の目を細くして、クククッて笑う。
「だったら、触んな」
なァ、本当可愛いよお前。俺が気付いてない訳ないじゃん。
「ね、高杉」
「煩ェ、構うな」
「先生知ってるよ」
何がだ、と云わんばかりに恨めしい視線。唇をきゅっと結ぶ。
「お前俺の事好きでしょ」
一息に言い切って、窓の外を見る。大きく見開いた緑色の目が端っこにチラリと映った。この生徒は、俺の授業がある日だけ必ず教室に来る。俺以外の教師と話している所を見たことが無い。チラチラこっちを盗み見る動作にも見慣れた。そんな状況の中で気付かない方が可笑しい。
「……気色悪ィだろ?」
ぽつり、と呟いた高杉の顔が見えない。膝に額をぺったりとくっつけてる。その体もそのまま闇に融けて無くなりそうで。そっと黒髪に手を伸ばす。
「触んな」
「いや」
声を無視して、そのまま思いっきり抱き締めてみた。一瞬硬直した体から少しずつ力が抜けていく。白衣の腰の辺り、躊躇いがちに手が伸びてくる。
「冷たくしてくれりゃあ楽だったのによォ」
ぼそぼそと喋る度に胸の辺りが吐息で温かい。紫がかった黒髪が揺れた。途端、とてつもない愛しさが込み上げてくる。いつの間にか真っ暗な教室には街灯の光が落ちていて、机を幾つかスポットライトで照らしていた。そして、俺達も。
「高杉、お前まだ自分の片想いだと思ってんの?」
細い身体を、さっきより強く抱き締める。
「先生だってね、嫌いな奴わざわざ家に呼んだりしないよ?気色悪い奴にこんな事しねーし」
もぅいい加減気付けよ。それともずっと知らないフリして俺に云わせようとしてるのだろうか。本当に気付けないのだろうか。どちらにせよ、ずるい奴。
ほんと、ずるいよ。
「……せんせ、」
か細く少し震えた声に、全身が痺れる。伏せた瞼の下で目が左右に忙しなく動く。ひとつ、まばたき。
「すき」
黒髪を掻き分けて額に口付け、リップ音。
「先生も、好き」
よろめく身体を支えて、自分も立ち上がる。俯いたままの赤い顔を覗き込むと小さくこくり、と頷いて。嗚呼やっぱり、可愛いと思った。自然と口角が上がったのが分かった。
恋人の手を引いて廊下を歩きながら、そういや明日は授業無いな、なんてぼんやり思った。
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