星明り瞬き蘇り

□8.風前の灯
1ページ/11ページ


人里離れた山の頂上近く。今はクレーターと廃墟のみが遺る、テムザと呼ばれるその地に、かつてアルノルド・ブランディーノの生家はあった。

そこで生まれ育ったアルノルドにとっては長らく疑問にもならなかったが、普通に考えればそんな場所にわざわざ住んでいる事は特異な事だった。

「ねぇ父さん、どうして他の人と話しちゃいけないの?」

幼い頃に投げかけたその問いに、クリティア族の父は申し訳なさそうに謝るばかりだった事を覚えている。
アルノルド達の家のすぐ近くには父と同じクリティア族の民が暮らす都市があった。だがアルノルド達一家はそこには混ざらず、少し離れた場所に小さな小屋を建てて暮らしていた。

たまに都市の外に出てくるクリティア族とすれ違う事はあれ、皆こちらの姿を見ると避けるように足早に立ち去るばかりで、これではまるで犯罪者ではないかと幼心に思ったものだった。

「もしかして、俺や母さんが人間だからいけないの?」

「そうじゃないんだ、お前や母さんは何も悪くない」

「じゃあ父さんが何かしたとか……?」

「それも違うわ。……彼らと私達は少し生き方や考え方が違うから、喧嘩にならないように離れて暮らしているの、それだけよ」

優しくそう教えてくれていたのは母だった。その言葉が真に意味するところは、大人になった今でも分からないままだ。

一家は帝都の下町や田舎に住まう多くの貧しい人々と同じように、狩りをしたり野菜を育てたりといった自給自足の生活をしていた。外界から切り離されたその日々はアルノルドにとってとても穏やかで退屈で、けれど今となっては何にも替え難い尊い日常だった。

それが変わったのは、10年前のあの日。

少年から青年へと成長したアルノルドは、いつものように父を伴って狩りに出かけた。その時、見慣れない格好の人達――帝国の騎士が列をなして山に入ってくるのを見た。稀に山の麓にある施設に見知らぬ人間が出入りしているのを見かけることはあれ、数百名という団体を見たのは生まれて初めてだった。

いつもは我関せずな父や母もそれには驚いたようで、狩りを終えると街の人に事情を聞きに行っていた。アルノルドは家で待っているよう言われたので仕方なく食事の用意をしていたが、気になってしきりに窓の外を眺めていた。

やがて帰ってきた両親は、揃って暗い顔だった。何があったのかと問うアルノルドに、二人は多くを語らなかった。
故に当時知ることが出来たのは、麓にある施設が彼らに関係するもので、最近増えてきたここいらの魔物からその施設を護るためにやって来たらしい、という事だけだった。

「それだけの為にあんなに大所帯で来たのか? そんなに重要なのか、あの施設」

「そうみたい。だから少しの間、騒がしくなるかもしれないわ。狩りにも当分出られないかもしれない」

「え、何で?」

「連中、施設にある魔導器で魔物を殲滅するつもりらしくてな。流石に施設から離れたこの家にまで被害は及ばないだろうが、外に出れば巻き込まれる可能性は0じゃない」

傍迷惑な話だと父はボヤいていたが、アルノルドはそんな両親の様子に内心ホッとしていた。
殲滅用の大掛かりな魔導器など使われれば騒音は免れないだろうし、手当たり次第に魔物を狩り尽くされてしまうと当面の生活は質素なものになるだろう。だが、もっと嫌な想像をしていたアルノルドにとっては、それらはまだ耐えられる範疇だった。

数日我慢すればいいだけだ。寧ろ代わり映えのない日々を彩る刺激として、ある意味良い思い出になるかもしれない。兵器にも争いにも興味は無いが、帝都から来た騎士達にはそれなりに好奇心も湧く。
自分とそう歳の変わらない騎士がちらほらと居るのを見て、アルノルドは騎士として働く己の姿を夢想した。生まれた場所が違えば、自分が彼処に居た可能性もあったかもしれない。

「俺もいつか帝都に行ってみたいなぁ」

ポツリと漏らしたその言葉に、父は少しの間を置いて、

「……そうだな、お前ももうすぐ成人だ、興味があるのなら家を出てもいいぞ」

そう返してくれた。

「そうね。私達の都合で、ずっとこんな山奥に閉じ込めておくのも可哀想だものね。私達は今の帝都を知らないから、適切な助言はしてあげられないけれど……」

「それじゃあ母さんたちの分まで、今の帝都がどんな風になってるか見てくるよ」

「簡単に言うなぁ、仕事のアテはあるのか?」

「それは……」

そもそもどんな仕事があるのかさえ知らないアルノルドは、唯一己が知っているものを軽い気持ちで口にした。

「とりあえず、騎士でも目指そうかな」

まさかそれが、望まぬ形で実現するなんて思いもせずに。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ