星明り瞬き蘇り
□7.取捨選択の定義
1ページ/13ページ
「なんとか戻って来れたね」
「まったく、砂漠の中歩いただけでもしんどいってのに、騎士団のせいで無駄に体力使わされたわね……」
服についた埃や靴に入った砂を払いながら、リタが眉を寄せつつ愚痴る。
街の中には意外とすんなりと入ることができ、街中の警備もそれほど厳重というわけでもなさそうだった。
「逆に気味が悪いぜ、あんな検問敷いてたってのに。やっぱおっさんの言うとおり、騎士団め何か企んでやがるな。……で、そのおっさんはいつまであーしてんだ?」
「アルが落ち着くまで……じゃないです?」
カドスの喉笛からここに着くまで、いや着いて尚意味の分からないすったもんだを繰り広げている二人を、ユーリ達は他人面で離れた場所から眺めていた。
「あんまり騒いだら目立っちゃうよ……、数が少ないって言っても、ちらほら騎士はいるんだし」
「そんときゃ他人のフリして、あいつらだけ引き渡しちゃえばいーのよ」
「だな。んじゃ俺らは先にやることやりますか」
「ベリウスに会えるのは新月の晩……丁度今夜ね」
「あれ、ちょっとなんか皆移動してない? おーい、おっさん置いてかないでよー!」
ユーリ達の動きを察知して声を上げるレイヴンを完全に無視して歩き出す一行。
慈悲深いエステルも容赦なくリタに連れて行かれる。
「ほら皆行っちゃうって! いーかげんにしてよもう」
「いい加減にするのは貴方です!」
叫ぶとまではいかないまでもなかなかの音量で怒鳴るアルノルドに、道行く人の何人かが足を止める。
大の大人が年上の男に詰め寄っている様は注目の的だった。
「もう認めてくださいよ! いくら誤魔化しても無駄ですよ、今まで気づかなかったなんて自分で自分が情けない。貴方はシュヴァ」
「わーっ! わかった! わかったから!」
慌ててアルノルドの口を塞いで、人通りの少ない建物の影に引きずり込む。
しばらくして周囲の視線が自分達から離れたところで、レイヴンは深く息を吐いた。
「あのねアルちゃん、せめてそういう発言は場所を考えてくんない? 俺様困っちゃう」
「お願いですから、はぐらかさないで下さい。……シュヴァーン隊長」
いつもなら適当にあしらわれる軽口にも動じず、真剣な目でまっすぐに見つめてくるアルノルドに、レイヴンはやれやれと頭を掻く。
「……久しぶり?」
「何ですかそれは、どういうことですかこれは! なんで貴方がそんな格好でこんなところにいらっしゃるんです? 天を射る矢の一員ってどういうことですか、貴方は騎士団の隊長じゃないですか!」
「うん、うん、わかったから、ボリューム。もうちょっと下げよーね」
「ユーリ君達に同行しているのも何か理由があるんですか? 騎士団長のご命令ですか? エステリーゼ様の護衛は俺に一任されているのではないんですか?」
「ユーリは関係ないって。お姫様の護衛も頼まれちゃいないよ。アルちゃんにも関係ないことだから。あ、分かってると思うけど、ユーリ達にはこのこと秘密にしてね」
「関係ないって……」
「さーて、そろそろ戻っとかないとさすがにマズいでしょ。皆どこ行ったんかねぇ」
「シュヴァーン隊長!」
自分に背を向けて歩き出そうとするレイヴンの服を反射的に掴む。
それからすぐに目の前の人物が上司なのだということを思い返して放し、代わりに前に回りこんでその行く手を阻む。
「お話はまだ終わってません!」
「なにそんなに怒ってんの? 黙ってたのは悪かったけど、別にそれでアルちゃんに迷惑かけたわけじゃないでしょーよ」
「迷惑とかそういう問題ではなくて……」
「この話は終わり。アルちゃんも嬢ちゃんから目離してちゃいかんでしょ。
アレクセイ騎士団長にチクっちゃうわよ〜」
強引に前に出ようとするレイヴンをいかせてなるものかと奮闘していると、相手の動きが止まった。
やっとまともに話してくれるのかと安心した次の瞬間、アルノルドは相手の目を見て凍りつく。
「……アルノルド親衛隊長、これ以上は職務妨害と見なして対処するぞ」
先ほどまでの飄々とした、つまり「レイヴン」であった男と同じ人物とは思えないほどの変わり様に、アルノルドは息を詰まらせた。
声が、目つきが変わっただけなのに。
それだけで目の前の男はかつて自分の上司でもあった「シュヴァーン」になった。
頭ではそうと分かっていたのに、全くその実感を持てていなかったのだと思い知る。
金縛りにあったかのように動けずにいるアルノルドの隣を、男は通り過ぎていった。
アルノルドは暫くの間、指一本動かすことも出来ずに立ち尽くしていた。
「あれ、レイヴン、アルは?」
闘技場の近くにある宿屋でチェックインの手続きをしていた一行が、一人戻ってきたレイヴンに気づく。
「ん? 戻ってない? もう先に帰ってるもんだと思ってたわ」
「一緒じゃなかったの?」
「途中までは一緒だったんだけどねぇ」
「……ずいぶん揉めてたみたいだけど、何の話だったんだ?」
「青年、大人には大人の事情ってもんがあんのよ」
「うさんくさ……どんな事情よ」
「でも、もうすぐ暗くなりますし……探しに行ったほうがいいんでしょうか」
「いちいち行く必要もねーだろ、子供じゃあるまいし」
日暮れまで暇だし寝るかーと各自部屋に戻っていくのに対し、エステリーゼはあちこちに視線を飛ばして自分の護衛騎士の姿を探す。
「大丈夫だって、そのうち戻ってくるから」
「……レイヴン、アルと何かあったんです?」
「ユーリにも言ったでしょ、大人の事情よ。大したことでもないから気にしないで」
「でも……私、あんなに必死なアルは初めて見ました。お話の内容がどんなものか私には見当もつきませんが、レイヴンが大したことではないと思っていることでも、アルにとってはとても大切なことだったんではないんです?」
そう言われても、あれ以上対処の仕様がないのだが。
それに相手も自分よりは若いとはいえ騎士隊長という位の人間なのだ、公私混同が宜しくないということくらいは分かっているだろう。
「やっぱり私、探してきます」
「え、ちょ、嬢ちゃん!?」
適当に取り繕って納得させておこうと口を開く前に、エステリーゼは一言そう告げて宿を飛び出した。
それはさすがに拙いってと、レイヴンは慌てて連れ戻す。
「危ないって! 夜道を女の子が1人で出歩かないの!」
「夜道が危ないのはアルも同じです、もしトラブルにでも巻き込まれていたらどうするんです?」
「アルちゃんなら大抵の事は自力で解決出来るって」
「でも戻ってきません!」
「それは……」
それは、確かにそうだけれども。
通行人の数が減り見通しのよくなった道のどこからも、青年は戻ってくる気配がない。
(全く職務放棄して何やってんだか……)
「とにかく、街の中だけでも探してきます」
「だから駄目だってば! 俺が行くから、それでいいでしょ? はい戻って戻って」
城を出てから全く大人しくなくなってしまったお姫様を宿に押し返して部屋に閉じ込める。
これを毎日やっているのかと思うとアルノルドの仕事も割と楽なものではないだろう。
嫌になって逃げたかなと冗談半分で思いながら、レイヴンは面会の時間までに青年を連れ戻すために街灯に明かりが灯り始めた街へと繰り出した行った。