銘々の明晰夢

□2.温情の雪は水に溶ける
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リュックを加えた一行は、シーモアをはじめとしたグアド族達の住処、グアドサラムへとたどり着いた。

大きな樹の幹に囲まれ、街そのものも樹の一部であるかのようなその場所は、空から注ぐ光を遮断し昼間であろうとも薄暗かった。

何度か訪れたことはあるとは言え、息が詰まりそうになるほどの静けさと独特の空気感はあまり好きではなく、ユノはしずしずと皆の後ろにひっつくようにして歩く。

「お待ちしておりました、ユウナ様。ようこそグアドサラムへ。ささ、こちらへ」

「あ、あの……」

街に入るなりやって来たグアド族の男にユウナがたじろぎ、それを見たティーダが間に割り込む。

「何なんだあんた」

「これは失礼。私、トワメル=グアドと申します。グアドの族長、シーモア=グアドの身内のものでございます。シーモア様が、ユウナ様に大切なお話があるそうで……」

「私に、ですか? どんなお話でしょう?」

「ともあれ、まずはシーモア様のお部屋へどうぞ。もちろん、皆様も歓迎いたしますよ」

丁寧、といえば丁寧な対応をするトワメルに、皆一緒ならいいかと招かれるままに部屋を訪ねる。
豪華な屋敷の中には、グアド族の肖像画が飾られていた。

「歴代の族長ね、グアド族の」

「おんなじ顔だ……」

「シーモア老師だけ、何か違うよな」

「知らなかったの? シーモア老師は……先代の族長、ジスカル老師と人間の女性との間に生まれた子よ」

階段を上がって扉を潜れば、より広い部屋に出る。
中は大きなテーブルと豪華な照明、沢山のご馳走が並べられており、リュックやワッカは嬉々としてそれらに飛びついた。

他の面々はそうはせず、シーモアを呼びに行ったジスカルを大人しく待つ。

「お話って、何だろうなぁ……」

「うーん……あ、でも、シーモア様からこうしてお招きされるってことは、きっといい話だと思い……ます」

「そうかな? そうだといいなぁ……あ、そういえばね、ちょっと気になってたことがあるんだけど、聞いてもいいかな?」

「? はい、えと、なんですか?」

「ユノ、いつもその喋り方なの?」

何かまずかっただろうかとユノは不安になりうろたえるが、ユウナは微笑して首を振る。

「歳、私と同じくらいかなって思ってるんだけど、どうして敬語なのかなって」

「それは……俺は、部外者、ですし」

それから年齢は恐らく貴方よりは上です、とは心の中でだけ返した。
童顔なせいか、頼りない言動のせいか、これまでにも実際より下に見られたことは少なくない。

「それに貴方は、ブラスカ様の……」

「……うん、そう言われるのは……慣れてるんだけどね。君には、そういう風には見て欲しくないんだ。難しいかもしれないけど……私はユノと同じ、修行中の召喚士。だから、普通に接して欲しいな」

「普通に……」

「うん、普通に。敬語が普段の口調なら、それでもいいんだけど。それに、ユノは部外者じゃなくて、もう仲間。でしょ?」

仲間。自分ごとき人間が、世に名が知れている大物たちの仲間だと名乗ってもいいのだろうか。
躊躇う自分にユウナがむ、とわざとらしく顔をしかめる。

「仲良くしたくない?」

「えっ、違っ、そん、そんなことない……です」

「じゃあほら、ね? 難しいなら、最初は名前を呼ぶことからでもいいから」

「……じゃあ、ええと……ユウナ、さん?」

自分なりに譲歩した敬称だったのだが、それでもまだ納得して貰えないらしい。
これ以上砕けて呼ぶとなると呼び捨てになってしまうのだが、まさかそうしろということなのだろうか。

「私はユノって呼ぶのに、ユノがユウナさん、だとおかしいと思うんだよね。なんだか私だけが友達と思ってるみたい。ユノは私のこと、嫌い?」

「嫌いじゃ、ないです。……じゃあ、ユウナ……で、いいん、ですか?」

「うん、うん! あ、でもまだほら、敬語」

「あ、はい。……じゃなくって、その、うん」

まだかなりぎこちなさが残るが、ユウナは笑顔で何度も頷いた。どうやら満足して貰えたらしい。

たった数回言葉を交わしただけなのにドッと疲れが出て、この話し方に慣れるのには少し時間がかかるかもしれないなぁと思っていると、トワメルが戻ってきた。

「ふふふ……お客人を迎えるのは楽しいものです。ジスカル様が亡くなって以来、この屋敷は静かすぎました……」

「ジスカル老師の死は、スピラにとって大きな損失です」

「ジスカル老師って、そんなにすごいのか?」

「グアド族にエボンの教えを広めたんだ。まったく……惜しい方を亡くした」

「そう、真に残念です。しかし我らには新たな指導者シーモア様がおられる。シーモア様はグアドとヒトの間に生まれたお方。必ずやふたつの種族を結ぶ絆となってくださいます。いいえ、それだけではありません。シーモア様は……このスピラに生きるすべての者の未来を照らす光となるでしょうな」

「それぐらいにしておけトワメル、あまり持ち上げられると居心地が悪い。──ようこそ、皆さん」

絶賛するトワメルの口上を止めたのは話題に上がっていたシーモアで、立ち並ぶこちらに歓迎の意を込めて一礼する。

「あの……お話って?」

「そう結論を急かずに、ごゆるりと」

「ユウナは先を急ぐ身だ、手短に済ませてもらいたい」

「失敬。久方ぶりに客人を迎えたので、つい。……ユウナ殿、こちらへ」

広間の奥に置かれた装置をシーモアが操作すると、それまで見ていた光景が銀河系へと取って代わった。
周囲に映る星や惑星に、自分の立っている場所を見失いそうになる。

「これは異界をただよう死者の思念から再現した貴重なスフィア……」

「ザナルカンド!」

「そう、ザナルカンド。およそ1000年前の姿です」

ティーダがその名前を口にした時には、宇宙から電子的な街へと光景は変わっていた。
映像と分かっていても、歩いてくる街の人々を反射的に避けてしまう。

「繁栄を極めた機械仕掛けの街、ザナルカンド。彼女はここで暮らしました」

「彼女?」

街並みは消えて元の場所へと戻り、今度は部屋の一角に女性が浮かび上がった。
それはスピラの者なら誰もが知っている人物。

「ユウナレスカ様!」

「歴史上初めてシンを倒し、世界を救ったお方です。そしてあなたは、その名を受け継いでいる」

「父が付けてくれたそうです」

「ブラスカ様は、あなたに願いを託したのでしょう。ユウナレスカ様のごとくシンに立ち向かえと。しかしユウナレスカ様は、おひとりで世界を救ったのではありません。無敵のシンを倒したのは……ふたつの心を固く結んだ、永遠に変わらぬ愛の絆」

ユウナレスカの元に堂々たる壮漢が歩み寄り、彼女とそっと寄り添い合う。
それはユウナレスカの夫のゼイオンだった。映像はそこで終わり、風景と共に仲睦まじい2人も薄れて消えていく。

シーモアが隣に立つユウナに何かを耳打ちし、されたユウナは何を言われたのか驚き口元に手をあてる。
そのまま落ち着きなく部屋をうろつき、置かれてあった水をぐいと飲み干すと皆のもとへ戻ってきた。

「うわ! 顔真っ赤!」

「大丈夫か?」

ユウナはシーモアに目で何かを訴え、こちらに向き直ると視線を下に落としながら言った。


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