銘々の明晰夢
□5.夢の跡 君は彼方へ
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そうしてブリッジに戻ると、ワッカとリュックが何やら興奮した様子で、我先にと駆け寄ってきた。
「おい! すんげえこと考えたぞ!」
「あたしが思いついたんだよ! あたしに言わせなよ!」
「よーするにだな!」
「え〜っとねえ!」
「歌がカギよ」
「「ああっ!?」」
互いを押しのけあう二人を差し置いて、ルールーが言う。
その言葉の意味がわからず、ユノは戻ってきたティーダと揃って首を傾げた。
「えっと、歌って……?」
「ジェクトさんは祈りの歌が好き……そうでしょう?」
「だからマカラーニャ湖の底で歌を聴いてたんだよね」
「あのな……おまえのオヤジさんのことだから、言いにくいけどよ……」
「ううん、いいって。どうしようもないんだからさ」
申し訳なさそうに言ったワッカに、そう答えるティーダ。
どうしようもない。そう、どうしようもないこと。
けれど彼には、その言葉は似合わない気がする。
「ユノがジェクトさんの弱点って言ってたから思いついたんだよ!お手柄だねユノ!」
「……え? あ、うん……」
「おいおい、話ちゃんと聞いてたか?」
「あ、えっと……ごめんなさい」
「だから、祈りの歌を聞かせて、大人しくなってるスキにやっちまえば、上手くいくんじゃねーかってことだよ!」
「ね? すごい作戦でしょ!」
「う、うん……」
「ああ、試す価値アリだな!」
いつも通りの、元気な姿。
こうやってどんな時も、逆境を乗り越えてきた。
そう今まで、いくつもの無理難題を彼は突破して来たのだ。
それなのに、どうして。
(……どうしようもない、なんて諦めの言葉、ティーダには似合わないよ……)
君ならそんな状況を、覆せるはずじゃないか。
頑張ろうなと意気込む彼に、その思いをぶつけることは出来ず、ただその悲しみを隠した笑みに合わせることしか出来なかった。
ティーダ達の提案で、マイカ総老師に話を聞くことになった一行は、混乱を極めるベベルへと降り立った。
反逆者だという話はどういう訳か撤回されており、その件に関してはアルベド族が流したデマだということになっていた。
「アルベド族が流したデマってなにさ〜!」
「気にするな。マイカも、ユウナ達に頼るしかないのだ」
「は〜……そゆことか」
「虫が良いにもほどがあるわね」
「んじゃ、説教してやるッスよ」
「うん、行こう」
数日前、自分はここで閉じ込められて、一度死ぬような思いをしたんだったか。
ほんの少し前のことのはずなのに、とても古い記憶のように感じる。
もしもあの時死んでしまっていたら、もしもあの時アーロンさんが止めてくれなかったら、
自分はここには居なかったのだろう。
今日も変わらずに自分の前にある赤い背中。
本当なら、今はもう見ることが出来なかったはずの背中。
もしも永遠のナギ節が来るのなら、これから先ずっと、こんな風に居られるのだろうか。
「ふざけやがって! 好き勝手ほざいて逃げやがった!」
エボン=ジュについて一通り語って、最後に「シンは誰にも倒せない」と遺して異界へと消えたマイカに、ワッカが苛立ちながら叫ぶ。
「……究極召喚がないと倒せない、なんて、皆きっと同じこと、言うと思うから……でも、俺達なら、きっと出来ます」
「…………」
「あ、ごめんなさい、確証もないのに滅多なこと言って……でも……」
「いや……お前、変わったなぁ」
「え?」
「なんつーか、前はそんな明るくなかったっつーか……考え方、えらく前向きになったよな」
「……そう、ですか?」
もしそうなら、それはきっと皆のおかげだ。
嬉しくてはにかんでいると、突然目の前が淡く光った。
「……あ」
「お前……」
光はフードを被った少年の姿へと成り代わる。
旅の途中に何度も見た姿。
『僕の部屋へ来て』
「……はい」
「誰と話してんだ?」
少年、もとい祈り子様の姿は、召喚士にしか見えない。
故にワッカ達は、何もない空間に向けて話すユノ達を見て首を捻った。
「何でもないよ」
「祈り子様に会いに行ってきます」
「……なるほどな」
アーロンだけはそれを察したように、薄く笑った。
ユウナとユノ、そしてなぜかティーダも、祈り子様の部屋へと歩き出す。
『やあ』
「えと、いつも有難うございます」
「お世話になっています」
「で、何だ?」
『シンを復活させずに倒す方法、分かった?』
「祈り子の歌を聞かせれば、シンは大人しくなる」
『……どうかな』
「駄目……ですか?」
『キミのお父さんがシンになってから、もう随分経ってるよ。もう、歌は聞こえないかもしれない』
「そうかもしれないけど、でも可能性があるなら賭けてみたいんだ」
『……そうだね。キミのそういうところ……感心しちゃうな、ホントに』
祈り子の言葉に心の中で同意して、同時にハッとする。
ティーダにも、祈り子様が見えてる?
「オレはただの夢じゃない……だろ?」
「夢?」
「んああ、こっちの話」
召喚士じゃないのに、どうして見えるのだろう。
まあ、1000年前のザナルカンドから来たという時点で常識外れの存在なのだから、見えていても不思議ではないのかもしれないが。
『それからどうするの? 歌だけじゃ倒せないよ』
「エボン=ジュ、倒す」
『そう、エボン=ジュを倒せば……終わる。……ねえ、エボン=ジュのこと、どれくらい知ってる?』
「えと……永久に生きるもの」
「シンが復活するカギ」
「シンという鎧を纏った存在」
『エボン=ジュはね、昔、召喚士だった。あれほどの召喚士はいない。でも今は、ただ召喚を続けているだけの存在。悪意も善意もなく、永遠の夢を願っているだけの存在。永遠なんて……ないのにね』
「ああ、オレ達が終わらせるからな」
祈り子は頷きながらも、どこか寂しそうな顔をした。
『究極召喚でシンを倒しても、エボン=ジュは倒せない。エボン=ジュは究極召喚に乗り移って……それを新しいシンに造り変えてしまう。そして新しいシンに守られて、エボン=ジュは召喚を続けるんだ』
「永遠に……か」
『でも、キミたちが終わらせるから、永遠なんて……ない』
「……はい」
『エボン=ジュはシンの中にいるよ。ねえユウナ、ユノ、僕たちも協力するから、エボン=ジュと戦う時は……必ず召喚して欲しい。キミたちの剣や魔法じゃ倒せないと思う。だから……呼んで。必ずだよ』
「わかりました」
『それから……キミ。すべてが終わったら……僕たちは、夢見ることをやめる。僕たちの夢は……消える』
祈り子は、ティーダの方を向いていた。
それが何の話なのか、ユノとユウナには分からない。
「うん。あんたたち、長い間頑張ったもんな」
けれど、祈り子様の、どこか申し訳なさそうな顔を見て、なんとなく────
『……ごめん』
「おつかれさん!」
なんとなく、嫌な予感がした。