銘々の明晰夢
□5.夢の跡 君は彼方へ
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何の話だったんだという問いに、何でもないと言って先に出て行ってしまったティーダ。
立ち尽くしたままのユウナに、ユノは遠慮がちに声をかける。
「……ウソ、下手だよね」
「……そうだね」
「私たちに言えないこと、なのかな」
「わからない。でも……」
「きっと聞いても、教えてくれないよね」
「……たぶん」
ユウナはゆっくりと目を伏せて、少し寂しそうに笑った。
究極召喚で自分が犠牲になることを彼に隠してきた彼女は、きっと今の彼の気持ちが、分かっているから。
皆の元に戻ると、リュックが歌のことを寺院の者に説明していた。
それでシンを倒せるかもしれないと聞いた人々は、喜び勇んで駆けていく。
「話は済んだのか」
「あ、はい。祈り子様も、協力してくださるそうです。ただ……」
皆の輪に混じるティーダを、ユノは黙って見つめる。
ユウナも同じように、悲しげに彼を見ていた。
「……気になっている事があるのなら、今のうちに聞いておけ。シンとの戦いに集中できんぞ」
「でも……聞いて、教えてくれるでしょうか。ユウナにも、何も言ってないみたいで……」
「或いはお前になら、という可能性もある。1人の時に行ってみたらどうだ」
「……アーロンさんは、知ってるん、ですか?」
何も答えない相手に、ああ知っているんだなと察する。
それにしても、1人の時に、か。
ティーダって1人で居ることってあるのかなぁと、皆に囲まれている青年を見て思った。
飛空挺に戻って暫く。
夜になって、皆が明日の戦いに備えて、割り当てられた部屋に入っていく中、ユノは1人こそこそとティーダの後をつけていた。
部屋に入ったのを確認して、周囲を見渡した後にその部屋の戸を叩く。
「ん? 誰ッスか?」
「あ、えっと、ユノです」
「ユノ? どうしたんだ?」
「遅くにごめんね。あの……その、ちょっと、話したいことが、あって……」
「なんだかよく分かんねーけど……まあいいや、とりあえず入って」
招かれるままに部屋に入って、勧められた席に座る。
「んで、話って何だ?」
「その、俺の話っていうか、えっと……ティーダの話、聞かせて欲しくて……」
「俺の話?」
「……隠してること、あるよね?」
「あー……それかぁ」
用件を理解して、ティーダはバツが悪そうに頷いた。
「こうやって、無理に聞くの、悪いって分かってるんだけど……どうしても、気になって」
「いや、いいよ、うん。……なんかごめんな、オレ嘘つくの下手でさ」
「えっ、いや、そんな……」
「まぁ、ユノには、話しておいた方がいいのかもな」
ティーダは視線を床に落として、悲しいような、困ったような、複雑な顔で言う。
「オレ、シンを倒したらさ……消えるんだ」
「……え?」
「オレは祈り子の夢の一部なんだって。だから、その夢を召喚してるエボン=ジュを倒したら、祈り子は夢を見ることをやめて……」
「え、え、あの、ちょ、ちょっと待って」
ティーダの言葉がまるで銃弾のようにユノの頭を撃ち抜いた。
あまりにも衝撃が大きすぎて、その言葉の意味を理解できない。
「ティーダは、祈り子様の、夢?」
「そう」
「エボン=ジュを倒したら、消える……?」
「うん」
返す言葉も、何も浮かんでこなかった。
ただ、シンを倒せば、彼が共に消えるということだけが、ゆっくりとゆっくりと、胸の奥に沈んでいく。
「でさ、勝手で悪いんだけど……ユノに頼みたいことがあるんだ」
「え……なに?」
「……ユウナのこと、頼む。オレはもう、傍に居れないからさ」
真剣な顔で言って、しかし気恥ずかしくなったのか、ティーダはすぐに表情を崩した。
だが彼の今の言葉は、とても笑えるようなものではない。
「ほら、ユウナって、しっかりしてるように見えて、色々危なっかしいっていうか……まあ、それはユノも同じなんだけど……」
「……ティーダ」
「でもユノはさ、ユウナと同じ召喚士だし、ユウナの心の支えになるっていうかさ……」
「ティーダ!」
いつもより強く名前を呼んで、相手の言葉を遮る。
「……それは、頼んじゃ、だめだよ」
まるでどこか、自分を見ているような気がした。
自分が居ない未来を受け入れるしかなかった、ほんの少し前までの自分を。
「だめだよ。それは、ティーダじゃないとだめだよ……」
「……わかってる。でも……」
「俺は自分がこんな風に今生きていられるなんて思ってなかった。絶対死んじゃうんだって思ってた。それを変えてくれたのはティーダだよ?」
「……うん」
「祈り子様の夢とか、そういうの俺にはよく分からないけど、でも絶対ティーダが助かる道だってあるよね? そういうの、なんとかするの得意じゃん」
「……うん」
「諦めちゃだめだよ、1人でなんとか出来ないなら、皆で考えようよ! ジェクトさんのことも、ユウナだってリュックだって、みんなみんな──」
「でも!」
今度はティーダが、語気を強めて言葉を遮る。
「……ごめん。もう、決めたんだ」
その言葉はまるで、ザナルカンドでの自分のようだった。
けれどその面持ちは、あの時の自分とは違っていた。
「諦めるんじゃなくてさ、ええっと……これはオレの覚悟っていうか……野望? だから」
「……野望?」
「オレは最初、ザナルカンドに帰りたくてさ。アーロンに無理やり連れてこられて、こっちには変な魔物がいっぱいいて、話も通じなくて訳わかんなくて……でもさ、こうやってユノたちと旅して、自分の正体とかさ、色々分かって……考えて考えて、そんで、決めたんだ」
ティーダは顔を上げた。
その表情にも、声色にも、一片の憂いも感じない。
「今のオレは、ザナルカンドに帰りたいって思わない。それよりも、やりたいことが出来たんだ」
「……やりたい、こと?」
「シンを倒す。シンがもう二度と復活しない、永遠のナギ節を創る」
「でも、シンは……」
「オレたちが倒すのは、オヤジじゃなくてシンなんだ。だから、ユノがそんな風に悩む必要はないし……オヤジもきっと、そんなこと望んでない。それにアーロンが言ってたんだ、オヤジは、オレに止めて欲しがってるって」
「……止める……」
殺すのではなくて、止める。
ティーダの言葉が、胸に渦巻いていた黒いモヤを払っていく。
「それにさ、シンを倒して、永遠のナギ節を創るって、オヤジがやりたかったことでもあるだろ? だから、オヤジにも出来なかったこと、オレが絶対やってやるんだ。そんで、オヤジを越える。ユウナもユノも、誰一人犠牲になんかしないでさ!」
「でも、それじゃティーダは……!」
「オレは犠牲になるんじゃなくて、一歩前に進むんだよ。ずっと止まってた時間から抜け出して、動き始めるんだ、やっと」
だから、と、泣いてしまいそうなユノの手を掴んで、ティーダは明るく笑った。
「オレの最後のワガママ。……ユウナのこと、宜しくな」
ティーダの言葉には、絶望なんて1つもなかった。
死の恐怖よりも、その先の希望を信じて進む者。
その姿はまるで、かつてのユウナのようだった。