銘々の明晰夢

□5.夢の跡 君は彼方へ
3ページ/14ページ


何の話だったんだという問いに、何でもないと言って先に出て行ってしまったティーダ。

立ち尽くしたままのユウナに、ユノは遠慮がちに声をかける。

「……ウソ、下手だよね」

「……そうだね」

「私たちに言えないこと、なのかな」

「わからない。でも……」

「きっと聞いても、教えてくれないよね」

「……たぶん」

ユウナはゆっくりと目を伏せて、少し寂しそうに笑った。

究極召喚で自分が犠牲になることを彼に隠してきた彼女は、きっと今の彼の気持ちが、分かっているから。








皆の元に戻ると、リュックが歌のことを寺院の者に説明していた。
それでシンを倒せるかもしれないと聞いた人々は、喜び勇んで駆けていく。

「話は済んだのか」

「あ、はい。祈り子様も、協力してくださるそうです。ただ……」

皆の輪に混じるティーダを、ユノは黙って見つめる。
ユウナも同じように、悲しげに彼を見ていた。

「……気になっている事があるのなら、今のうちに聞いておけ。シンとの戦いに集中できんぞ」

「でも……聞いて、教えてくれるでしょうか。ユウナにも、何も言ってないみたいで……」

「或いはお前になら、という可能性もある。1人の時に行ってみたらどうだ」

「……アーロンさんは、知ってるん、ですか?」

何も答えない相手に、ああ知っているんだなと察する。

それにしても、1人の時に、か。
ティーダって1人で居ることってあるのかなぁと、皆に囲まれている青年を見て思った。








飛空挺に戻って暫く。
夜になって、皆が明日の戦いに備えて、割り当てられた部屋に入っていく中、ユノは1人こそこそとティーダの後をつけていた。

部屋に入ったのを確認して、周囲を見渡した後にその部屋の戸を叩く。

「ん? 誰ッスか?」

「あ、えっと、ユノです」

「ユノ? どうしたんだ?」

「遅くにごめんね。あの……その、ちょっと、話したいことが、あって……」

「なんだかよく分かんねーけど……まあいいや、とりあえず入って」

招かれるままに部屋に入って、勧められた席に座る。

「んで、話って何だ?」

「その、俺の話っていうか、えっと……ティーダの話、聞かせて欲しくて……」

「俺の話?」

「……隠してること、あるよね?」

「あー……それかぁ」

用件を理解して、ティーダはバツが悪そうに頷いた。

「こうやって、無理に聞くの、悪いって分かってるんだけど……どうしても、気になって」

「いや、いいよ、うん。……なんかごめんな、オレ嘘つくの下手でさ」

「えっ、いや、そんな……」

「まぁ、ユノには、話しておいた方がいいのかもな」

ティーダは視線を床に落として、悲しいような、困ったような、複雑な顔で言う。

「オレ、シンを倒したらさ……消えるんだ」

「……え?」

「オレは祈り子の夢の一部なんだって。だから、その夢を召喚してるエボン=ジュを倒したら、祈り子は夢を見ることをやめて……」

「え、え、あの、ちょ、ちょっと待って」

ティーダの言葉がまるで銃弾のようにユノの頭を撃ち抜いた。
あまりにも衝撃が大きすぎて、その言葉の意味を理解できない。

「ティーダは、祈り子様の、夢?」

「そう」

「エボン=ジュを倒したら、消える……?」

「うん」

返す言葉も、何も浮かんでこなかった。

ただ、シンを倒せば、彼が共に消えるということだけが、ゆっくりとゆっくりと、胸の奥に沈んでいく。

「でさ、勝手で悪いんだけど……ユノに頼みたいことがあるんだ」

「え……なに?」

「……ユウナのこと、頼む。オレはもう、傍に居れないからさ」

真剣な顔で言って、しかし気恥ずかしくなったのか、ティーダはすぐに表情を崩した。
だが彼の今の言葉は、とても笑えるようなものではない。

「ほら、ユウナって、しっかりしてるように見えて、色々危なっかしいっていうか……まあ、それはユノも同じなんだけど……」

「……ティーダ」

「でもユノはさ、ユウナと同じ召喚士だし、ユウナの心の支えになるっていうかさ……」

「ティーダ!」

いつもより強く名前を呼んで、相手の言葉を遮る。

「……それは、頼んじゃ、だめだよ」

まるでどこか、自分を見ているような気がした。

自分が居ない未来を受け入れるしかなかった、ほんの少し前までの自分を。

「だめだよ。それは、ティーダじゃないとだめだよ……」

「……わかってる。でも……」

「俺は自分がこんな風に今生きていられるなんて思ってなかった。絶対死んじゃうんだって思ってた。それを変えてくれたのはティーダだよ?」

「……うん」

「祈り子様の夢とか、そういうの俺にはよく分からないけど、でも絶対ティーダが助かる道だってあるよね? そういうの、なんとかするの得意じゃん」

「……うん」

「諦めちゃだめだよ、1人でなんとか出来ないなら、皆で考えようよ! ジェクトさんのことも、ユウナだってリュックだって、みんなみんな──」

「でも!」

今度はティーダが、語気を強めて言葉を遮る。

「……ごめん。もう、決めたんだ」

その言葉はまるで、ザナルカンドでの自分のようだった。

けれどその面持ちは、あの時の自分とは違っていた。

「諦めるんじゃなくてさ、ええっと……これはオレの覚悟っていうか……野望? だから」

「……野望?」

「オレは最初、ザナルカンドに帰りたくてさ。アーロンに無理やり連れてこられて、こっちには変な魔物がいっぱいいて、話も通じなくて訳わかんなくて……でもさ、こうやってユノたちと旅して、自分の正体とかさ、色々分かって……考えて考えて、そんで、決めたんだ」

ティーダは顔を上げた。
その表情にも、声色にも、一片の憂いも感じない。

「今のオレは、ザナルカンドに帰りたいって思わない。それよりも、やりたいことが出来たんだ」

「……やりたい、こと?」

「シンを倒す。シンがもう二度と復活しない、永遠のナギ節を創る」

「でも、シンは……」

「オレたちが倒すのは、オヤジじゃなくてシンなんだ。だから、ユノがそんな風に悩む必要はないし……オヤジもきっと、そんなこと望んでない。それにアーロンが言ってたんだ、オヤジは、オレに止めて欲しがってるって」

「……止める……」

殺すのではなくて、止める。

ティーダの言葉が、胸に渦巻いていた黒いモヤを払っていく。

「それにさ、シンを倒して、永遠のナギ節を創るって、オヤジがやりたかったことでもあるだろ? だから、オヤジにも出来なかったこと、オレが絶対やってやるんだ。そんで、オヤジを越える。ユウナもユノも、誰一人犠牲になんかしないでさ!」

「でも、それじゃティーダは……!」

「オレは犠牲になるんじゃなくて、一歩前に進むんだよ。ずっと止まってた時間から抜け出して、動き始めるんだ、やっと」

だから、と、泣いてしまいそうなユノの手を掴んで、ティーダは明るく笑った。

「オレの最後のワガママ。……ユウナのこと、宜しくな」

ティーダの言葉には、絶望なんて1つもなかった。

死の恐怖よりも、その先の希望を信じて進む者。
その姿はまるで、かつてのユウナのようだった。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ