銘々の明晰夢

□5.夢の跡 君は彼方へ
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夕焼けに染まるスピラの街。

そこに静かに横たわるシンを上空から見下ろしながら、隣に居るアーロンに向けて、ユノは静かに呟く。

「昨日、ティーダに、話、聞きました」

「……何と言っていた?」

「……シンを倒せば、自分も消える、って……」

ティーダは先ほどユウナと共に甲板へと向かっていた。
今頃は2人でどんな話をしているんだろう。

きっともう本当に、あと少しで、彼は消えてしまう。

それを彼女に知らせぬまま、彼はどんな思いで────

「話を聞けば、無理にでも止めるのではないかと思っていたが……納得したのか?」

「……止めようと、しました。でも、ティーダが、俺は犠牲になるんじゃない≠チて。前に進む為に、やるんだって」

諦めではなく、覚悟から出た答え。
ならばそれはきっと、誰にも止めることは出来ないのだろう。

ガガゼト山を登り、ザナルカンドを越え、究極召喚を得ようとしていたユウナが、そうだったように。

「ティーダが俺に望むことが、それを引き止めることじゃなくて、後押しすることなら……そうしようって、思ったんです」

「お前は、それでいいのか」

「……ほんとのこと言うと、まだちょっと、迷ってます。だから最後まで、ちゃんと考えます」

時間はもう、残り少ないだろうけど。

自分達以外には誰も居ない、甲板へ続くキャビンの隅で、窓辺に腰掛けながら、窓の外を眺め続ける。

「……お前は、事が終わったらどうするつもりだ?」

「終わったら……?」

「シンを倒しても、お前が死ぬような事はもう無い。召喚士としての役目からも解放される。待ち望んでいた平和な世界で、お前はどう生きる?」

「えぇっと……」

永遠のナギ節。
空想のなかにしか存在しなかったものを、すぐ近くの未来に置き換えて考えてみる。

突然襲ってくる大きな災害もなければ、それで大事な人が奪われることもない。
なぎ倒されるばかりで成長しなかった島や街は発展し、毎日毎晩賑やかに騒がしく過ごす。

自分はその中に居て、仲間達が傍で笑い合っている。

「……皆と、今みたいに、ずっと一緒に居られたら、それ以上幸せなことはないです。全員が常に一緒には居られなかったとしても、たまにでもいいから、お互いのところへ遊びに行ったりして、久しぶりって言って沢山話したりして……そんな風に過ごせたら、きっとすごく、幸せです」

リュックはどんな風になるだろう。ワッカさんとルールーさんは? キマリさんはどうするのかな。

ユウナは……やっぱりティーダが居なくて、哀しむのかな。

「……えと、アーロンさんは、どうするんですか?」

「……さあな」

「あの、もし、もし迷惑じゃなかったら……俺は、アーロンさんと一緒に、また色んなところに行ってみたい、です。ビサイドとか、ルカとか……あ、そうだ、幻光河、夜に見に行ったり、してみたいです。それが終わったら、キーリカに行って、島の皆にお礼を言いに行って……キーラとリリーの家族の人にも……あ、キーラとリリーっていうのは、俺の前のガードをしてくれてた人たちで……」

それでその後は、島に残っているか分からないけれど、俺の家で、一緒に、住めたらなぁ、なんて。

言っていて恥ずかしくなって、調子に乗りすぎたかなと思い「ほんとに俺の勝手な希望なんですけど」と付け足す。

「……もしそれが出来なくても、アーロンさんが居てくれたら、俺は、それだけで、すっごく、すっごく嬉しいです。一緒にいて負担にならないように、いっぱい色々頑張ります、から。料理とか家事とか……戦うのだって、もっとちゃんと出来るように鍛えるし、体力だって────」

話の途中で、不意に抱きしめられて、言葉が途切れる。
突然のことに動揺しつつも、胸の内には嬉しさがこみ上げた。

ゆっくりとユノも相手の背中に腕を回して、ぎゅうっと強く抱きつく。
高鳴る心臓の音が心地いい。抱きしめてくれる腕の力強さが、温かさが心地いい。

「……アーロンさん、すきです」

愛しさが言葉になって溢れる。
口に出せば想いは強まって、気持ちは大きくなる。

この想いが少しでも相手に伝わっていて欲しい。
本当は、言葉などでは表しきれないほどのこの大きな感情を。

全部全部、伝えたい。

「だいすきです」

この人と一緒に居られるなら、もうどんなことも恐くはない。
彼の一言で全てが希望になる。世界中のものが綺麗に澄み渡っていく。そんな気さえする。

「……ユノ」

名前を呼んでくれるその声が好き。
髪をなでてくれるその手が好き。
抱きしめてくれるその腕が好き。
自分を映してくれるその瞳が好き。

「ユノ」

アーロンは何度も何度も名前を呼んでくれた。

とても優しくて、愛しさを含んだ声色で。
それが鼓膜を震わせる度に、体の熱が上がっていく。

名前を呼ぶのと同じくらい何度も交わされる口付けは、以前にしたものよりもずっと長くて深くて。

もう何も考えられなくなるくらいに、その行為に没頭してしまって────


シンと戦うことも、ティーダのことも、その時は全部全部、忘れてしまっていた。


「……いい加減、誰かに見つかりそうだな」

もう全身の力はすっかり抜けて、完全に体を預けているユノをしっかり抱きとめながら、アーロンが言う。

「このぐらいにしておくか。これ以上やると、お前が立てなくなりそうだ」

もうとっくに自力で立つことなど出来なくなっているのだが。

これでもかというくらい触れ合った唇から熱い吐息を漏らしながら、ユノは夢見心地でこくりと頷く。

「それとも、続きは部屋でするか?」

「!? !?!? !!!!」

「冗談だ」

熱と鼓動はしばらく収まってはくれなかった。
その間はまたアーロンの腕の中でまどろむ。

「……ユノ」

頬をなでるアーロンの手。
離してほしくなくて軟く握ると、その手で握りこまれた。

「……有難う」

夢と現を彷徨うユノの耳に、そんな言葉が届く。

それが何に対する礼だったのかは、その時は分からなかった。


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