君に咲く風信子

□4.すれ違う各々の想い
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「術も薬も効かないとなると残る手段はそれしかないかもしれないよ。もちろん、確証はないよ。リチャードが本当の事を言ったとは限らないからね。大体、あの記録に合った出来事って気が遠くなるくらい昔の事の筈だし。必ず良くなる保証は無いけど、フォドラを目指すのも可能性の1つじゃないかな」

「そのフォドラへはどうやって行けばいいんだ? 俺はソフィをこのまま放っておく事は出来ない。今度は俺が、なんとしてもソフィを救わないと。だから頼む、俺をフォドラへ生かせてくれ。なんとしてもソフィを治してやりたいんだ」

「俺を、ではなく俺たち、ではありませんか? 恐らくここにいる全員が同じ考えだと思いますよ」

シェリアとパスカルが応えるように微笑み、マリクも頷く。

「あれ、ルーカスは?」

「……え? あ、うん、行く」

「ルーカスさん、無理に付き合っていただくことは……」

「いや、ちょっと考え事してただけ。俺もソフィのこと心配だし、行くよ」

「そういえば、さっき何か言っていたな。陛下の中にもう1人居る、とかなんとか」

「リチャードの中にもう1人居る……? どういうことですか?」

「うーん……、なんて言ったらいいかな。俺は人の心の声ってのは聞こえないんだよね。でも、さっきリチャードの近くに居た時、変な声が聞こえて」

「変な声?」

「こう、雑音が混ざってるような……、そのせいで何喋ってるかハッキリ聞こえなかったんだけど。でも最後の一言だけは聞こえた。消えろ、って」

「それって……陛下がソフィに……」

「うん、言ったのと同じ。それと同時に聞こえた。……今までリチャードの心の声が聞こえたことなんて無かった。でも今回だけは聞こえた。多分だけど、あの時だけは本物のリチャードが表に出かけてたんだと思う。で、今まで表に出てた奴が中に押し込められたんじゃなかって。人間のリチャードの声は聞こえないけど、そうじゃない奴の声なら聞こえるからね。つまりあの体には今、リチャードともう1人、変なやつが入ってるんじゃないかなってこと」

「何かが乗り移っている、ということですか?」

「うん。で、リチャードの体乗っ取ろうとしてるのは、言動から察するに……」

「ラムダ、かな?」

パスカルの推測にルーカスが肯定の意を込めて頷き、「まあこれも確証はないけど」と付け足す。

「その辺の調査もできる限りしないとね、色々とわかる事はありそうだし。そういう意味でも、あたしたちがフォドラへ向かう意味はあると思うよ。――よし、まずはもう一度英知の蔵かな。フォドラへの行き方を調べないと」

「パスカル姉様、こちらでしたか」

部屋の扉が開き、ポアソンと老婆が入ってくる。
その老婆を見たルーカスは、ギクりとして目を背けた。

「船長さんから姉様たちの一大事と聞いてばば様と駆けつけて参りました。ばば様は総統閣下と今後の事について話し合われました。フェンデルは我々に全面協力してくれるそうです」

「里にある英知の蔵では今のお前に必要な情報はこれ以上入手出来んじゃろう。今お前が向かうべきなのは失われたもうひとつの蔵じゃ」

「そんなところがあったの?」

「かつてアンマルチア族の里は今とは別の場所にあった。そこから立ち去るときに全ての内容を持ち出せず封印して、残してきたのじゃ」

「その場所ってどこ?」

「ストラタ国内にあるセイブル・イゾレという名の街じゃ」

「セイブル・イゾレか……ここからだと行くのは少々面倒かもしれない。フェンデルとストラタの間に直行便は就航していない。国交が無いからな」

「それならご安心ください。ばば様が総統閣下に船を出していただけるようお願いしてくださいました。船はいつでも出せるそうです。準備ができたら港へ向かってください」

「それは助かります、ありがとうございます」

「ソフィさんの事は皆さんがお帰りになるまでこちらでちゃんと見ていますから」

「ありがとう、ポアソン。……待っていてくれ、ソフィ。必ず元に戻してみせるからな」

長とポアソンは部屋を出て行く。が、去り際にルーカスを呼んだ。
呼ばれた相手は気まずそうな顔をして、何も言わずについていく。

「……どうしたんだ?」

「んー、まあ大丈夫だよ。ジルのことだろうし」

「ああ……、それじゃあ、俺たちは先に港で待っていよう」

アスベル達も同じく宿を出て、話し合うルーカスらを遠巻きに見つつ港へと歩き出す。

そして十数分後に港へやって来たルーカスは、なぜかその背にソフィを背負っていた。

「ソフィ!?」

下ろされたソフィは力なく崩れ落ちて、アスベルが慌てて駆け寄る。

「宿で寝ていなくちゃ駄目でしょう?」

「ルーカスさん、どうして……」

「ごめん、連れて行けってせがまれて」

「わたしも……いく、みんな、わたしの事なのに……寝てなんていられない……。それに……寝ていても良く……ならないんでしょう……。だったら……みんなと……一緒がいい……。足手まといにはならないようにするから、お願い……そばにいさせて」

「ソフィ……、わかった。だけど無理はするなよ」

「ありがとう、アスベル……」

「で、これ、ポアソンから預かってきた。ストラタの大統領閣下への信書。書かれてる内容は簡単に纏めると、"長い間喧嘩してたけど今はそんな場合じゃないから一先ず仲良くしとこうね"ってことらしいよ」

「もう少し気の引き締まる要約にして欲しかったですが……、まあ、分かりました。それは責任を持って僕がお預かりします」

「……いや、いいよ。俺が渡す」

見せるだけ見せて懐にしまったルーカスに、ヒューバートが「はぁ?」と顔に書く。

「僕が渡した方が信憑性があるでしょう」

「……いや、俺が渡した方が、多分良い」

ますます分からないといった顔になるヒューバートに、マリクが助け舟を出した。

「まあ、行けば分かるさ。こいつの言うとおりにしてやってくれ。……いいんだな?ルーカス」

「……うん」

「……さては、まだ何か隠していますね?」

「ストラタに着いたら話すよ。……大丈夫、大した秘密じゃないから」

事実を知るマリクは内心で「どこが大した秘密じゃない、だ」と苦笑したが、ヒューバートは今はそれよりもソフィのことが心配なのか、大人しく引き下がる。

「あとパスカルにはこれ」

「うん? なにこれ」

「通信機だってさ」

使い方の説明とばかりにルーカスが小さな小型の装置を起動させると、そこから光る鳥のようなものが出てきた。

「その鳥みたいなのを飛ばして伝言をやり取りするんだね」

「細かい使い方は……まあ、パスカルなら分かると思うからいいよね。何か分かったらすぐ連絡するってさ」

「ほいほい、了解〜」

「セイブル・イゾレに近いのはオル・レイユ港です。目指すならそこでしょう。フェンデルの船が入港すると騒ぎになるかもしれませんが、その時は僕が話をつけます」

「では、ストラタへ向けて出発だ」




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