君に咲く風信子

□4.すれ違う各々の想い
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オル・レイユ港へ向かう船の上。

今尚全身を光らせ、ふらついたままのソフィと、その両隣で彼女を支えるようにして寄り添うアスベルとシェリアを眺めながら、頭に響いてくる弱弱しいソフィの声を、ルーカスは甲板の隅で聞いていた。

(わたし……わたしは、このまま……どうなってしまうのかな。何も見えなくなって……もう、みんなの傍にも……いられなくなるのかな。それは……なんだろう、すごく……怖い……)

こんな風に彼女の気持ちが分かっても、自分にしてやれる事はない。
少女は胸の内とは裏腹に、アスベルらに精一杯の笑顔を向けていた。

(わたしは……アスベル達とは違う……、わたしは一体……なんなの……?)

自らの存在を問うソフィの思考に、ルーカスも引き込まれる。

自分のこの力は、どうしてあるのだろう。
どうしてこんな力があるのだろう。

(こんな力さえ無ければ……、ジルを失うこともなかったのに……)

「ルーカス、ばーさまとはどーだった?」

珍しくソフィではなく自分の傍にやってきたパスカルが、隣にちょこんとしゃがむ。

「別に、どうにも」

「じゃ、分かってくれたんだ。良かったねー、良かったよー」

「……パスカルはさ、俺のこと恨んでないの?」

「うん? なんで?」

「ジルと仲良かったじゃん」

「そりゃそうだけどさー、ルーカスのせいじゃないし。それに一番仲良かったのはルーカスでしょー? 他の人が覚えて無くても、あたしはずっと覚えてるよ!」

「なにを?」

「あの日のルーカスの顔とかさ。あたしはルーカスみたいに心の声とか聞こえないから分かんないけどさ、あの時ルーカスがどれだけ辛かったかっていうのは、なんとなーく分かってるつもりだよ。――ってことで、ほい!」

ずい、と差し出された手に握られていたのは、一本のバナナ。

「あたしからはコレ!」

「……うん?」

「バナナ!」

「いや……見たら分かるけど……」

「教官に先越されちゃったけどねー、しかもジャンルが微妙に被ってるし!」

話についていけなくなり、ひたすら疑問符を飛ばしまくるこちらを無視して、パスカルはじゃ〜ね〜と颯爽と去っていく。

彼女の奇行は今に始まったことではないが、今回のは一段と訳がわからない。
これでバナナパイでも作れということなのだろか。

(……まさか励ましてくれたのかな)

彼女の好物を握り締めたまま、今度はヒューバートに絡みに行くパスカルを見て思う。
彼女はよくよく「ルーカスは優しいね」と口にするが……

(パスカルの方がよっぽどなんじゃないかなぁ……)

とりあえず持っていてもすぐに腐らせてしまいそうだと、皮を剥いてそれを食んでいると、

「どうした、パスカルに感化されたのか?」

そんな声が降って来た。





いつからか習慣となってしまった、ルーカスの監視……というより、保護者として目をかけていたマリクは、甲板の端でパスカルさながらバナナを頬張る相手を見つけて声をかけた。

相手はこちらを見ると、一瞬何やら複雑な顔をしたが、何も言わずにもぐもぐと口を動かし続ける。

「アンマルチア族の長と話をしていた様だが、上手くまとまったのか」

「…………」

「……そうでもなかったか?」

「…………」

「それで不貞腐れてパスカルの真似事なんてしているのか」

「…………」

「おい、せめて何か言ってくれ」

「…………」

もぐもぐもぐもぐ。
ルーカスは質問には一切答えず、というか反応すら見せず、ただひたすらバナナを食べ続けた。

素っ気無い態度というのはまあいつもの事なのだが……

「……本当に何かあったのか?」

「…………」

「ルーカス」

「…………」

「それは食べている時に喋りかけるな、という意思表示か?」

「…………」

「それとも前にパスカルがやっていた遊びか? どれだけ喋らないか選手権とかいう……」

すくっ、すたすたすた。

バナナを食べ終えたルーカスは、まるでマリクが見えていないかのように完全無視してその場を立ち去った。

いくら常日頃愛想が悪いとはいえ、ここまで酷いのは初めてだ。
流石に不安になってその後を追う。

「おい、からかってるのか?」

「…………」

「返事くらいしろ」

「…………」

最初は落ち込んでいるのかと思い心配していたが、段々とその態度に苛立ち始め、振り向きさえしない相手の肩を掴んで強引に向き直させる。

「いい加減に……」

だが、ばしん!という音と共に、肩に乗せた手は振り払われた。
甲板にはマリクの手を叩いたルーカスが握っていたバナナの皮が落ちる。

「なっ……」

ルーカスはそれでも何も言わなかった。
無言を貫いたまま、踵を返して逃げるように船室へと消える。

残されたマリクは呆然としながら閉ざされた扉を見た。

(……なんなんだ……)

こちらを向かせた際に見た表情は、最初に声をかけたときと同じ、何とも言いがたいものだった。

あんな顔をさせるようなことを、何か自分はしてしまっただろうか?

「あれ、教官もバナナ食べてたの?」

一体そのバナナはどこから出てくるのか。
まるでこれが普通ですといわんばかりに、前に一度食べ過ぎて吐いたことを一切反省していないらしいパスカルがバナナを口に含んだまま喋りかけてくる。

「俺のじゃない、ルーカスのだ」

「ふーん。で、何してるの?」

「いや……。パスカル、ルーカスは何かあったのか?」

「何かって?」

「随分機嫌が悪かった様だからな」

「へ? そんなことないよ? だってあたしさっきまで普通に喋ってたもん」

「……そうなのか?」

「うん。ばーさまとの話も上手く纏まったみたいだし、教官の気のせいじゃない?」

気のせい、とは到底思えない反応だったのだが。
だがパスカルには普通に接していたというのなら、あの態度はいよいよ自分が原因ということになる。

いつ、何がきっかけだ? というより、ついさっきまで、船に乗るまでは普通にしていた……風に見えた。

もっと前か? 最後に2人で話したのは確か孤島に向かう船で、あの時は……まあ確かに少しからかいはしたが、それで別段機嫌を損ねている様には見えなかった。

孤島から脱出する際に無理やり引っ張った事か? いや、それこそいつもの事だ。それで怒るならもっと前にああなっているだろう。

なら何だ。考えれば考えるほど益々分からなくなり、マリクは頭を抱える。

それにあの表情は何だ? 怒っているような哀しんでいるような、色んな感情が入り混じった……

「まあ、分からないことは本人に聞くのが一番だよ〜」と言うパスカルに、「なら、会話すら出来ん場合はどうすればいいのか教えてくれ」とマリクは溜息をついた。




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