うさぎのメーデー

□3.その街の別名は
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「はぁ……はぁ……っ、はぁ……っ」

敵の喉元に矢が突き刺さり、魔物は痙攣しながら地面に横たわる。
周囲に居たしぶとい他何匹かは、少々下品だが足蹴にして崖下へと落とした。

「ラスヒィ、少し休んだほうがいい……です」

「ムリしちゃダメだよ〜!」

ふよふよと周辺を漂うティポも気遣ってくれるエリーゼも心の癒しにはなるが、それで疲労が回復するわけではなく。
ラスヒィは汗や血を腕で拭いながら大丈夫だと崖を登る。

登り始めてからどれくらい経っただろう? 頂上まではあとどのくらい? クレイン達を閉じ込めている機械が彼らを殺すのにかかる時間は? そもそもあの装置に入れられてから何時間経っているんだ?

焦っても焦っても疲れに弱い体は思うように動いてはくれず、時間が流れていくほどにその苛立ちは膨れ上がっていく。

いっそ代わってあげれたら。現実味のない考えまでもが感情に呼ばれて思考の中に浮かんでくる。
足を滑らせようが躓こうが敵に吹き飛ばされようが、今は取るに足りぬ些細なことでしかなかった。

そうして無理を続けたラスヒィの体はとっくにボロボロで、周囲からすればいつ倒れてしまうのかと心配になってしまうほど。

「旦那、マジで休憩したほうがいいって」

「げほ……っはぁ、要り、ません」

「見てらんねーんだよ」

「結構、です……早く……っはぁ、行かないと……」

「なんなら、こっから先は俺たちに任せて旦那は……」

「──っ大丈夫だって言ってるでしょう!!」

体を支えようとしていたアルヴィンの腕をラスヒィは払いのける。先を歩いていた皆は、突然の大声にビックリして足を止めた。

まだそんな元気があったのかと驚いたアルヴィンは、相手の目に涙が滲んでいるのを見た。

「旦那……」

「こうしてグズグズしている間にクレインが……クレインが死んだらどうするんですか……! 休んでる暇なんかないんです!!」

連弩に矢を装填して、ラスヒィは岩壁に手をつきながらまた歩き出す。

いくら大事な友人のためとはいえ、あれはやりすぎではないのか。
形だけとはいえ一応傭兵なんだから頼ってくれていいのにと、アルヴィンは払われた手を下ろしてその後ろに続いた。








谷の頂上には、ぽっかりと大きな空洞が一つ。
そこはクレイン達が収容されている洞窟のちょうど真上で、ローエンの読み通り余剰の精霊力が間欠泉のごとく溢れ出していた。

下を覗き見ようとするラスヒィの体の傷は、ジュードの治癒術のおかげでほとんど消えていた。

「コアが作動してる! けど、この高さ……」

「どうするよ?」

「時間がありません。噴き上がる精霊力に対して魔方陣を展開します。それに乗ってバランスを取れば、無事に降下出来るかもしれません」

「つまり、飛び降りると?」

「ってことは、コアを狙うチャンスは一度か」

つまりその一度のチャンスを逃してしまえば、自分達もクレイン達同様、人体実験のモルモットになってしまうという訳だ。

捕まっているのが見ず知らずの他人だったなら少しは渋っただろうが、下で待っているのは他の誰でもなくクレインだ。ならば答えは決まっている。

「私は行きます。迷っている暇はありません」

「……うん、皆を助けなきゃ」

「ああ、他に手はない」

「ふふふ、なかなか度胸がおありだ」

「見かけに寄らずな」

最年少であるエリーゼを気遣って、ローエンが彼女にここで待っているかと聞いたが、少女はティポを抱きしめて首を横に振った。差し出された手をその小さな手で握る。

「手を離さないでくださいね。──ではラスヒィさん、少し手伝って頂けますか?」

ローエンが発動させた魔方陣に、ラスヒィが補強用の精霊術を重ねがけして強度を上げる。
これで多少の無理をしても途中で結界が破れるということはないだろう。

そうして出来た三角に光る魔方陣に、一行は覚悟を決めて飛び乗った。

落下の際の抵抗力と精霊力による突風で足場はぐらぐらと揺れ、吹き飛ばされそうになる体で皆はなんとかバランスを取る。
コアが見えて狙撃役のアルヴィンが銃を取り出すが、この揺れの中では照準が定まらないらしい。

「これなら!」

「……気が利くな」

ブレて安定しない腕を、アルヴィンの前に出たジュードが肩で支える。
二人の連携により放たれた弾は真っ直ぐにコアを撃ち抜き、小さな爆発を起こした。作動していた装置が停止して、閉じ込められていた人々が出てくる。

魔方陣から降り立ったラスヒィは、人混みの中からクレインを見つけて駆け寄った。よろけて倒れそうになるその体を抱きとめる。

「クレイン! ローエンさん、クレインが……!」

目を閉じて動かなくなったクレインにラスヒィが青くなっていると、ローエンもすぐに近くまでやって来て、その容態を見て大丈夫だと言った。

「気を失われているだけです」

「そうですか……よかった……」

間に合った。張り詰めていた緊張の糸が切れて、無理をしていた分の疲れがどっと押し寄せる。
クレインの二の舞になりそうなラスヒィの体を支えたのは、例によってアルヴィンだった。

「お疲れさん」

「有難う御座います……アルヴィンも、お疲れ様でした」

「あそこで外したらシャレになんねーからなあ。でも俺頑張っただろ?」

「ええ、そうですね。とても格好良かったですよ」

格好良いという言葉はこういう時に使うものなんだなあと、アルヴィンの勇姿を思い出しながら思う。降下するのでいっぱいいっぱいだった自分はその分情けないが。

「貴方が居てくれて本当に助かりました。勿論ジュード君たちのおかげでもありますが、なんにせよ皆さんの……アルヴィン?」

背中を支えている男は、なにやら片手で顔を覆ってそっぽを向いていた。
片手なのでもちろん隠しきれてはおらず、隙間から覗いている顔の色はいつもより赤い。

「旦那って良くも悪くもストレートだよなあ……」

「? 褒めたつもりだったのですが……お気に召しませんでしたか?」

「そうじゃねえって。だから……あーもう、いいや」

「あーっ、アルヴィン君が照れてる〜!」

「うるせぇこの妖怪紫オバケ!!」

「あっ! ティポ、いじめちゃだめです!」

ティポとアルヴィンとエリーゼが追いかけっこを始め、ミラやジュードが何だ何だと笑う。
ラスヒィはアルヴィンの反応の意味を理解して、可愛いところもあるんだなと思いつつ微笑した。


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