うさぎのメーデー

□3.その街の別名は
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クレインが目を覚まして、ひたすら傍でその時を待っていたラスヒィは感激して抱きついた。
無事で本当によかったと気の済むまで繰り返してから、相手はまだ本調子ではないんだと思い出して解放する。

「ナハティガルはここに来ているのか?」

「僕も、あの男を問い詰める気で来たのですが、親衛隊に捕らえられてしまって……」

「……そうか」

「もーこんなとこ、早く外に出よーよー!」

「だな、長居は無用だ」

クレインに肩を貸して外へ出て行こうとした時、突然部屋の中央で何かが眩く光った。
振り返るとそこには、魔物のような巨大な生物が羽を広げている。

「何こいつ!?」

「来るぞ、構えろ!」

四散して初撃を避けて、ひとまずクレインを連れて安全な場所に隠れる。
ラスヒィは彼の前に結界を張って、応戦する皆の輪に混じった。

「こやつ……強力な精霊術を纏っています!」

「こいつを生むのが奴らの目的か!?」

「でもなんか……この感じどこかで……」

「分析は倒してからにしてくれ!」

リーチの長い攻撃を避けながら、ラスヒィは連弩と精霊術を交互に使う。

それにしても、ジュードの言うとおり目の前の敵はどこか見たことがあるような気がした。
いや、見たことがあるというよりは……それにどうにも胸騒ぎがする。

「ラスヒィ、集中しろ!」

「……はい! 天の杯、注ぎたるは清らかなる急流。タイダルウェーブ!」

考えることはやめて戦いに専念し、皆でなんとか敵を鎮まらせた。
トドメを刺そうとするミラを、ジュードが制する。

「何のつもりだ!?」

「よく……感じてみてよ」

倒れていた敵の体が再び光りだし、ふわりと宙に舞う。
大きかった体は光の粒子となって散っていく。

「微精霊だよ……!」

まるで蛍のように大気の中へと還って行くそれらはとても綺麗で、誰もが見惚れてしまうものだった。
静かに消えていくそれらにミラは剣を収め、ジュードに有難う、と呟く。

「我を忘れ、危うく微精霊を滅するところだった」

「あ……うん……」

さっきのアルヴィンよろしく頬を染めて視線を背けるジュード。そんな二人を見ていると自然を口元が綻んだ。

出来ることなら彼らが、ああして穏やかに笑っていてくれる日々が続いて欲しい。

「さぁ、カラハ・シャールに戻りましょう。皆大量にマナを吸い取られて、相当弱っています」

ローエンが支えている方と反対側に回って、ラスヒィはクレインの体を支えるのを手伝う。
彼らを、平穏を守るために何をしなければならないのかは、もうハッキリと分かっていた。









「お兄様!」

カラハ・シャールに戻ると、屋敷の前でドロッセルが待っていた。
同じようにしていた衛兵達も、領主の帰還に集まってくる。

「僕は大丈夫だ。それより、この人たちを早く病院へ」

「は、はいっ!!」

「クレイン、君も大丈夫という事はないだろう。頼むからすぐに休んでくれ」

「……わかった、そうするよ。ラスヒィたちは屋敷で寛いでいてくれ」

ドロッセルやローエンに付き添われてクレインが病院に向かうのを見届けてから、ラスヒィは言われた通りに大人しく屋敷の中で待つことにした。

ただ待っている間も落ち着くことが出来ずに、ローエン達からの連絡はまだかと時計を何度も見てしまう。

「そんなに何回も見ても、時間は早くならねーぞ?」

「わ、わかってます。でもどうしても気になるんですよ……」

一階のエントランスにあるテーブルには、メイドが出してくれたお茶菓子が皆の前に置かれていた。
エリーゼとジュードとミラはそれを囲んで談笑しており、ラスヒィとアルヴィンは玄関側の窓に面した席で向かい合わせになっている。

「……はぁ。すみません、落ち着きがなくて」

「いや、別にいいけどな。しっかし、ほんと仲良いんだな。そんなにあの領主様のこと好きなのか」

ガチャン、とラスヒィの手からカップが零れ落ちて、受け皿の上に戻る。
中身はもう飲み干されていたので、高級な茶葉の出汁が周囲に飛散することはなかった。

「……どうした?」

「あ、ああ、いえ、その、なんでもありません、なんでも……」

明らかになんでもなくはないラスヒィの反応に、はて自分はなにかそんなに動揺させてしまうようなことを言っただろうかとアルヴィンが首を傾げる。
ラスヒィはカップを割りはしなかっただろうかと底を確かめていた。

「……私が友人だと自信を持って言える人物自体、少ないですから。前にもお話しましたが、本当に家から出たことは少なくて……出かけるときも、いつも護衛がついて回っていたんです。そんな風だと、当然ですが友達など出来るはずもなくて……」

「なるほど。で、クレインとはどういう経緯で出会ったんだ?」

「私もクレインも、まだかなり小さかった時の話です。父に連れられてこの街にやって来て、領主に挨拶をと屋敷を訪れたのがきっかけでした。クレインも領主の息子ですから、普通の民よりよほど話す機会は多かったんです。年齢も立場も近かったので、とても話しやすくて……そうして何度か顔を会わせていくうちに、今のような関係になっていました」

メイドが注いでくれた新しい紅茶の波紋を見つめながら、ラスヒィは遠い昔を懐かしんで語る。その顔は本当に幸せそうだった。

「それでも最近はこちらに来ることもなくなって、手紙でのやり取りが主だったんですけれどね。だから久しぶりに直に会えて、元気な姿を見れて良かったです」

「へえ……」

「最初はどうなるかと思いましたが、ミラさんたちに着いて来たのはやっぱり正解でした。知らなければならなかったことも、知ることが出来ましたし」

「知らなければならなかったこと?」

「ナハティガル王のことです。私は彼の一番傍に居ながら、今の今まで何も知らなかった。これまで犠牲にしてしまった人々の気持ちに報いるためにも、私は……」

と、真剣な面持ちで語っていたラスヒィは、帰ってきたクレインを見た瞬間、ただの無邪気な青年に変貌した。

すぐさま席を立ちクレインに駆け寄るラスヒィを見て、置き去りにされたアルヴィンは白けた顔になる。
いつもの彼なら「失礼します」の一言くらいは置いていくのだろうが、どうもクレインのことになると礼儀を忘れてしまうらしい。

初めてクレインに会ったとき、谷でクレインを救出したとき、そして今。
どの場面でも自分は彼の傍に居たのだが、彼は自分を置いてクレインの元に走った。

それが何か問題があるのかと言われれば別にと返すが、アルヴィンはそんなラスヒィの態度をなんとなく面白くないと思っていた。


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