星明り瞬き蘇り

□1.始まりの鐘は帝都より
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この世界、テルカ・リュミレース。

大地と海が何処まで続くのか、知る人はいない。

なぜなら……世界に蠢く魔物たちに比べ、人はあまりにも弱い。

我々の住む街を守る結界、我々は己を守るためにその中で生きながらえている。

それを成す、核となる魔導器は、火、水、光、繁栄に必要な、ありとあらゆるものを、今日まで我々に与え続けてきた。


やがていつの日か、結界の向こうに、凶暴な魔物が生息する事も我々は忘れてしまうのだろう。

繁栄と成長を続ける世界。すべての人々のための平和、魔導器の恩恵により、更なる発展を遂げていくだろう。


平和の礎である帝都ザーフィアスより願う。

『世界が穏やかであるように』








(なんて言うか……穏やかだねぇ)


大きな窓から入る暖かい日差し。磨きあげられた白い床はそれを反射して光輝く。その上をゆったりとした足取りで歩くのは騎士団の正装に身を包んだ1人の青年。

数十メートル進むごとに1兵士に会う程度にしか人影のない廊下の真ん中で、大きく口を開けて息を吐き出す。勿論片手で隠してはいるが、その仕草から彼が眠たそう、或いは暇そうだというのは誰が見ても解った。

この世界で唯一の国家、帝国。そしてその中に存在する帝都ザーフィアス。更にその中の一番高い場所に位置するザーフィアス城で、アルノルド・ブランディーノは暇を持て余していた。

ここのところ大きな事件というものは耳に入って来ず、それはこの世界が平和なのだということなのだから良いといえば良いのだが、その分大きな給料というのも発生しない。だからといって自分から事件を起こそうなどと本末転倒になりかねない事は流石にしないが、そんな考えが頭に浮かぶぐらいには満足する収入が無かった。

別に衣食住に不安があるわけでも欲しいものがあるわけでもなかったが、あって困るものではないし、なるべく多く持っている方が安心出来る。いや、もうこれは昔から金のことばかり考えて生きてきた事によって染み付いた習性か何かだろうか。

(……金の亡者みたいでちょっと嫌だな。いや間違ってないけど)

すれ違う兵士達が足を揃え敬礼する。その中には純粋に自分を慕ってくれている者もいれば、自分ではなく“隊長”の位に居る者に対しての社交辞令を行っているだけの者も混ざりあっていたが、アルノルドはどちらにも笑顔で「ご苦労さん」と返しながら、一際大きな扉の前で立ち止まった。

そこは将来この国を導く者となる可能性を秘める少女の私室で、軽い世間話をする程度には親しくなった相手の様子でも見ていこうと軽い気持ちで戸を数回叩く。

また本でも読んでいるのだろうなと、読書好きの相手の姿を想像する。だが間を置いて出てきた少女の手には、読みかけの本ではなくその姿に似合わない銀色の刃が握られていた。


しかもその刃は自分に向いている。


「…………」


ついさっき平穏を少しでも嫌がったせいだろうか。大きな事件が起きないかとは確かに思ったかもしれないが、それはこういう意味ではない。あくまで仕事が、報酬が欲しいという事であってとにかく何だこの事態は……!? アルノルドは急すぎる状況の変化に混乱状態に陥っていた。

だが幸いなことにそこで刺されるという事はなく、少女は慌てて刃物を背中に隠した。

「す、すみません! まさか、貴方だとは思わなくて……」

どうやら軟禁生活への不満が爆発したという訳ではないらしい。
何か事情があるのだろうと察したアルノルドは話を聞かせて貰えないかと頼んだ。

「あの……その、フレンの事、なんですけど……、最近何か聞いていませんか?」

言葉を濁らせて共通の友人の名前を出す相手の問いに疑問を抱きつつも首を振る。

「フレンがどうかしましたか?」

「えっと……、あまりハッキリとは言えないんですけど……」

言おうかどうか迷っている様子の相手に、無理して言わなくてもいいと制止する。

「でも、貴女がそこまでするなんて……余程の事ですよね?」

いつも人に優しく誰かが傷付くのを嫌う相手が、人を傷付けてでも成し遂げたい何か。そしてそれはフレンに関係していること。
断片的には解るが思い当たる節が無い。ただ相手はフレンが危ないから、それを伝えに行きたいとだけ言った。

「でも、城の皆さんは私を部屋から出してはくれませんから……。いけない事だと分かってはいるんですが、こうするしかなくて……」

俯く少女に何と言っていいかわからず頭を掻く。一体どうしたもんかと悩んでいると、最悪のタイミングで兵士がやって来てしまった。

「アルノルド隊長? 何をして……って、エステリーゼ様!?」

次期皇帝候補の手に握られた剣を見て、兵士は仰天し騒ぎ立てる。
人が少ないのがせめてもの救いだった、大きな騒ぎにならぬうちにと急いで理由を考える。

「剣の稽古に行こうとしていらっしゃったんだよ。でも流石に得物を鞘にも入れずに持ち出すのは危険ですよ」

「あぁ、そうですか……。いや、取り乱してしまい申し訳御座いません!」

稽古に行くときもあるのは本当だが、それを知っているのはごく一部の者だけだ。この兵士がその一部で良かったと胸を撫で下ろす。兵士はそれ以上追及することもせず持ち場へと戻った。

「すみません、嘘までつかせてしまって……」

「いえいえ、余計な騒ぎになると困りますから。とにかく、それを持って出歩くのはお薦めしません」

「でも、これしか方法がないんです! 兵士の方に言っても何もしてくれませんでした。こうしている間にも、フレンの身に危険が迫っているかもしれないのに……」

「……それは、フレンが誰かに狙われているという事ですか?」

だんだん話が見えてきてアルノルドは僅かに眉を寄せる。私的な恨みか計画的な暗殺かは知らないが、フレンが危ないというのはそういう意味らしい。
だかあの青年は人から恨みを持たれるような人種だっただろうか?確か下町の人間だから貴族からは疎まれているだろうが、それでも殺害など企みはしないだろう。それに、

「フレンは騎士団でも優れた剣の腕の持ち主です、狙われたとしても自分の身は自分で護れると思いますが」

「でも……」

納得いかない様子で俯く相手に心中苛立ちを募らせ始める。仕事ならまだしも私情でやっかい事に巻き込まれるのはごめんだ。
だがここで放っていけば、エステリーゼは間違いなく1人でフレンを探しに行くだろう、刃を剥き出しにした剣を振り回してでも。

「……取り敢えず、フレンに会えればいいですか?」

「え?」

「フレンの部屋までなら、ご案内しますよ」

下を向いていた顔を上げて、パッと表情を明るくし、少女は嬉しそうに礼を述べた。

だがアルノルドとしては別に親切心で言った事ではなく、さっき咄嗟にエステリーゼを庇ってしまった手前、今1人にして騒ぎを起こされては自分も共犯になりかねないと思ったからだったのだが。

「ですから、それは仕舞ってくださいね」

未だ刃を野晒しにしている剣を指差す。エステリーゼは素直に従って、見えないように隠した。

「警備が少ないですし、そんなに兵に会うこともないでしょうけど、会ってもエステリーゼ様は何も言わないで下さい」

「わかりました、お願いしますね」

言い訳や嘘を吐いたことの無さそうな人間に周囲を混乱させそうな言動をして貰っては困ると釘を刺して辺りを一度確認し、念のため先ほど話しかけてきた兵には「稽古場まで送ってくる」と告げてから、2人はひっそりと城の中の移動を開始した。


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