終ぞなき讃美歌を

□3.空を翔けるは銀の翼
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「タルタロスの点検が終わりました、いつでも出発できますわ」

朝。雪国の中心にある一際大きな宿泊施設の玄関口に、一風変わった団体が集まっていた。
周囲を歩く観光客はその奇妙なものを横目で見ながら通り過ぎていく。

「ディル、もう熱は大丈夫ですか?」

「有難う御座います、もう大丈夫です。ご迷惑おかけしました」

「大事にならなくてよかったですわ」

「んじゃ、グランコクマに出発だな」

ネフリーに礼を言って宿を出ていく一行の中で、いつもなら先陣切ってルークと足をそろえている青年音律士シブレットは、何故か俯いて中央あたりをのろのろと歩いていた。
それに気付いた純真無垢を装う導師守護役の少女は、傍らに寄り添い尋ねる。

「どうしたんですかぁ? なんだか元気ないですね」

「……そうか? いつも通りだよ」

「いつも通り……って、いつもならルークと一緒に、魔物に飛びかかってるじゃないですかぁ。そんなとぼとぼしてると、まるでディルみたいですよ?」

「アニス、それじゃディルがいつも暗いみたいじゃない」

「だってそーでしょー? って、あいたっ!」

シブレットは何も答えずに、アニスの頭を軽く小突いて歩調を速めた。
もー訳わかんなーい!と頭を押さえながらアニスが叫ぶ中、ティアは一体どうしたのかと師でもある青年の後姿を心配そうに見つめた。










ローテルロー橋に接岸し、テオルの森へとやって来た一行。その行く手にはマルクト兵の姿がある。

「何物だ!」

「私はマルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐だ」

「カーティス大佐!? 大佐はアクゼリュス消滅に巻き込まれたと……」

「私の身の証は、ケテルブルクのオズボーン子爵が保障する。皇帝陛下への謁見を希望したい」

「大佐お一人でしたら、ここをお通しできますが……」

マルクト兵は後ろに控える大勢の若者を見て、その先の言葉を濁らせる。
アニスやルークが抗議したが、戦時前で慎重になっている兵たちにその意見は通らず、結局ジェイドが陛下に許可を貰ってくれるまでその場で待機することになった。

「まだかなー」

「ただ待つというのも大変ですわね」

上流階級の二人は暇つぶしの方法を知らないのか、草をちぎるなり何度も座る姿勢を変えたりとそわそわと体を動かす。
さっさと通行許可が出ないと、痺れを切らした二人が何かやらかしそうだなと木陰で涼んでいたディルは思った。

だがそれより先に事態は変化する。森の奥から突然誰かの悲鳴が聞こえたのだ。
暇を持て余していた二人は我先にと悲鳴の上がった方へと駆け出す、悲鳴の出所は先のマルクト兵だった。

「しっかりなさい!」

「神託の盾の兵士が……くそ……」

「神託の盾……、まさか、兄さん!?」

「グランコクマで何をしようってんだ?」

「まさかセフィロトツリーを消すための作業とか?」

「いえ、このあたりにセフィロトはない筈ですが……」

「離してても拉致があかねぇ! 神託の盾を追いかけてとっつかまえようぜ」

「そうですわね、こんな狼藉を許してはなりませんっ!」

「待って! 勝手に入ってマルクト軍に見つかったら……」

さっさと行こうとする二人をティアが止める。だがそれなら見つからないように進めばいいと他の面々は歩き出し、渋々ティアもそれに続いた。

「……行かないのか?」

だが皆が歩き出しても、様子のおかしいシブレットは動かなかった。ただ一点に視線を落としている。
その視線の先には、前に彼が教団の書庫から持ち出していた一冊の本。

「皆行ったぞ?」

「……あ? ああ、うん、行く」

アニスの言うとおりその様はまるで……、元気というか生気のない相手に、ディルは原因を聞くだけ聞いてみる。
だが相手は答えず、数歩進んだところで立ち止まった。

「……あのさ」

「なんだ?」

「……いや……やっぱいい」

だが結局本題には入ってくれず、小走りで皆の後を追う。シブレットはその途中で振り返って、「続きはグランコクマで話す」とだけ告げた。

表情から見るにあまりいい話ではなさそうで、なんとなくその内容の予想がついてしまったディルは、彼と同じように目を伏せ走った。


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