うさぎのメーデー

□3.その街の別名は
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ザクザクザクザクザクザクザク。

魔物と木と草と石しかない、およそ王族がその足で歩くような場所ではない道を、珍しく我先にと進んでいくラスヒィ。

いつもの彼はどちらかといえば皆の後ろをついていくタイプなのだが、今回ばかりは違うらしい。

「張り切ってんなぁ、旦那」

「心配なのでしょう、ラスヒィさんはクレイン様ととても仲良くして下さっていますから」

「へぇ、美しき友情ってか。泣けるねぇ」

そんな彼に代わって殿をつとめている年長組二人の話題に自分の名が挙がっていることなど露知らず、ラスヒィは敵と刃を交えるこの時間すら惜しいと言わんばかりに無理やり道を切り開いていく。

さっきから何度も脳裏に過ぎるのは友の変わり果てた姿と、その血で刀を塗らす父の姿。
振り払っても振り払っても不安が消えることはなかった。

間道を抜け、クレイン達が連れ去られたというバーミア峡谷についた一行は、螺旋のように重なり合いながら天を目指すその自然の造形物に感動する。

「すごい地層だね……」

「ここはラ・シュガルでも有数の境界帯ですからね」

道は上に続いてはいるのだが、その道程は優しくはなさそうで、見上げたティポが「疲れちゃうよー」と嘆いた。エリーゼのスカートが穏やかに吹いた風に靡く。

「────危ない!」

そんな空気には似合わないジュードの忠告が響いて、エリーゼが立っていた場所にどこからか飛んできた矢が突き刺さった。

「この矢は……!」

「旦那!」

アルヴィンの声で狙われていることに気付いたラスヒィは、崖の上から放たれた第二撃を避け、その矢を引き抜いて皆と共に岩陰に隠れる。
そして、いつも使っている矢を一本取り出して飛んできたものと比較。

「……ラ・シュガル軍ですね。この矢は私が使っている物と同じです。分かってはいましたが……やはりこれは父の仕業なのですね」

「ラスヒィさん……」

「余程見られたくないことをしているのだろう。アルヴィン!」

ミラに指名されたアルヴィンが銃を手に立ち上がるが、位置のせいでこちらより先に相手に見つかってしまう。これでは上手く照準を合わせることも出来ない。
矢の雨は止まることなく、皆が隠れている岩に突き刺さる。

「わー! なんとかしてよー!」

「なんとか隙を作れれば……」

「……いっそ私が出て行って、呼びかけるのはどうでしょう?」

「でも、俺たちと一緒に居ることに関して、上手く説明できんの? 俺たち今は追われてる身なんだしさ、帰るって言っといて一緒に居ることがバレたら、共犯だと思われて攻撃されるかもしれないぜ?」

「もし攻撃されずに済んだとしても、一人で出て行けばラスヒィさんまで掴まってしまいますよ」

「じゃあ、僕が注意をひきつけるよ。その間に狙撃兵を」

「囮を引き受けるというのか? 危険だぞ」

「大丈夫だよ、きっと」

「……そうか。では任せる」

ジュードは笑顔で頷き、一人岩陰から姿を現した。
見ていると心配でたまらないのだが、他の打開策も無い。敵が弓を引き絞っている間に、他のメンバーはこっそりと裏手に廻った。

一瞬の静寂。それを切り裂いた矢を、ジュードは無駄な動き一つなく綺麗にかわした。
兵が再装填をしている隙に、背面に回りこんでいたミラが飛び出す。
ミラに照準を合わせた兵の手をアルヴィンが銃で弾いて、ミラの剣が敵を一閃した。

「助かった」

「そう言われるポイントで活躍すんのが傭兵のコツなんだ」

バッチリウィンクまでキメたアルヴィンにミラが苦笑する。
そして兵士達の守っていた洞窟に、一行は迷うことなく突入した。

狭い通路の奥には謎の広い空間があり、これまた謎の機械が数台鈍い起動音を上げている。
周囲には牢屋のような小さな小部屋も数個あって、カラハ・シャールの民がひしめき合っていた。その中にはクレインの姿もある。

「クレイン!!」

目の前には侵入を阻む大規模な結界が張られていたが、いてもたってもいられず無理やり突破しようとしたラスヒィの体を、アルヴィンが引き戻す。

「それ以上前に出たら体が吹っ飛ぶぞ!」

「やはり人体実験を行っていましたか……」

「あれ、研究所でハウス教授を殺した装置と似てる!」

「ここでも黒匣の兵器を作ろうというのか? それほど容易く作れはしないはず……」

ミラはふと何かを取り出して、じっと見つめた後何もせずにしまった。
何かに気付いたようだったが、他の者には伝わらない。

「展開した魔方陣は閉鎖型ではありませんでした。余剰の精霊力を上方へドレインしていると考えるのが妥当です」

「谷の頂上から侵入して、術を発動しているコアを破壊できれば……」

「みんなを助けられる?」

ならば、すぐにでも。
目の前に助けたい人が居るのに手を伸ばせない歯がゆさを堪えて、ラスヒィは一刻も早く皆を解放するために今は背を向けた。


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