SS・文

□消えない光
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「月が綺麗ですね」
 彼がそう言った。
 漆黒だがどこか透明感のある瞳。月が放つ微かだが澄んだ光を受けて煌めいている。
 私はその瞳に魅入られているのに、何故か気恥ずかしくなって月の方へ目を反らす。
 確かに月は綺麗だった。しかし、そう言った彼の瞳の方が数倍綺麗だった。

 この街にも雪が降り始めた。初雪は細かくサラサラしたものだった。
 こんなに小さな粒では到底積もらないだろうと思っていたのに、仕事を終えて建物から出た時には既に雪景色になっていた。
「電車大丈夫かな…」
 誰に言うまでもなく、カナはそう一人ごちた。
 頻回に雪が降る土地ではなく、それなりに交通網に混乱を招きはするが都会程弱くはないので、その声には切実さは込められておらず形だけのものだった。
 しゃびしゃびになりつつある道を注意深く歩き出す。
 払えば落ちる雪に傘の必要性は感じられず、折りたたみ傘は常備してあったが鞄の中に入れたままだ。
「傘、ないんですか?」
 後ろから声がした。振り返らなくても誰だかわかる。零細企業で昨年入社したカナより後に入った職員はいなく、そのような環境で敬語で話しかけてくるのは一人しかいない。四歳年下で先輩のシノハラだ。
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