*サクラ花火短編集(小)*

□【其ノ八】牢獄に飛ぶ鳥
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それから毎日杉の元には看守や囚人が講義を求めて訪れた。


長い長い牢獄生活に生きる希望を失っていた囚人達だったが、次第に囚人達の瞳には光が戻っていった。








「私が一番好きな孟子の言葉が"至誠にして動かざるものは 未だこれあらざるなり"というものです。」



「"誠意を持って動けば、動かせないものはない"…私はいつもそう思って生きてきました。皆さんも希望を失わず、諦めずに生きて下さい。」








―…パチパチパチ!!!!!




「おおー!!」

「いいぞー!!」














そしてそんな講義の日々が一月以上続いたある日、志乃の元に数人の看守が訪れた。





「そうですか…分かりました。」





「…?」








深刻そうに話を聞く志乃を心配する杉だったが、

志乃はそのまま看守に連れて行かれ、戻ったのは日が暮れてからの事だった。









.......................









「志乃さん、志乃さん。」






日暮れに帰ってきてから志乃は牢の奥で杉の方を振り向きもせず座り込んでいた。







「志乃さん…?」


「…。」





杉の呼び掛けには一切耳を貸さない志乃を見て、杉は思いついたように持っていた紙をビリビリと破き始めた。






「…?」







そして紙の破れる音が止んだ後、うずくまる志乃の頭にいくつもの”何か”が落ちてきた。








ー…コツン








「…え…?」










驚いた志乃は思わず顔をあげると、そこには紙で折った鳥のようなものが沢山落ちていた。







「これは…?」






不思議そうな顔で杉の方を振り向くと、そこには”紙で折った鳥”を持って微笑む杉がいた。









「やっとこっち向いてくれました。」












「松山様…。」






ニコニコと笑う杉が飛ばした沢山の紙切れを手に取った志乃は、思わず驚き声を上げた。







「し…松山様…!?これ…松山様が読んであった孟子の本じゃありませんか!!どうしてこんな破いたりなどと…!!」






杉が”紙で折った鳥”を作っていた紙は、杉が毎日楽しそうに読んでいた、孟子の本のページを破いたものだった。

驚き慌てる志乃に、杉はさも当然のようにニッコリ笑って答えた。










「何があったのか存じませんが、志乃さんが少しでも笑ってくれるなら、本などどうでもよいものです。」









「…!!!!」









"至誠にして動かざるものは 未だこれあらざるなり"誠意を持って動けば、動かせないものはない…私はいつもそう思って生きてきました。






このお方はこの言葉に本当に従順に生きておられる…

誠意を持って…いつでもこんなにお優しい…







こんな…こんな私にさえ…!!









「松山様…!!」








杉の飛ばした紙の鳥をぎゅっと握りしめると、志乃は牢越しに杉の腕を引き寄せた。

そして驚く杉の唇に、そっと自分の唇を重ねた。














「お慕いしております…松山様…!!」


「志乃…さん。」







月明かりだけが明るい薄暗い牢の中

杉は志乃の震える手をぎゅっと握ると、嬉しそうに頬を赤らめて言った。







「私も志乃さんの事…お慕いしています。」






溢れ出る涙を止められない志乃の頬に手を当て志乃の涙をぬぐうと、

杉は志乃の手をぎゅっとにぎったまま壁際にゆっくりと腰を下ろした。




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